浄土真宗

NHKラジオ第2 宗教の時間 「如来の眼差しのもとで」

『 如来の眼差しのもとで 』  

画像の説明

a:487 t:3 y:0   from 2018.7.19 

       まなざし仏教塾代表・小児科医   志慶眞文雄(しげま ふみお)
       聞きて              金 光 寿 郎(かなみつ としお)



ナレーター:  今日は、『如来の眼差しのもとで』というテーマで、沖縄県うるま市の小児科医・志慶真文雄さんにお話しいただきます。志慶真さんは一九四八年(昭和二十三年)のお生れで、十歳の夏、日ごろから好きだった満天の星空を見上げていた時、「お前は地上から必ず消える」という言葉が浮かんで、頭から消えなくなりました。この問題が解決した現在の心境をうかがいます。聞き手は金光寿郎ディレクターです。



金光: 『如来の眼差しのもとで』というテーマで、お話をうかがいたいと思います。私たちは如来さんの働きによって生かされているという理屈は聞いているんですけれども、理屈で考えるとその通りだなと思いながら、お話しなんか聞くとこれでいいんだろうか、こう考えたらどうだろうかとつい分別する癖がついているわけですが、志慶真先生も、もっと若い頃というか二十代の前半ぐらいまでは、いろんな教えがあっても全部古臭い、仏教なんかダメだというんではねのけていらっしゃったというようなことを、この前もうかがったんですが、その時にはねのける基準というのは何かあったんですか?

志慶眞: 人間が死んでいくという事実は、どんな思想や宗教を持ってきても越えられないと私は思っていました。世の中のさまざまな思想や宗教というのは、その苦しさとか悲しさを紛らわせるために結局、人間が作り上げたものじゃないか。そういう人間が作り上げたもので自分が死んでいくという生死の問題は越えられない、逆に言えばそういうものには誤魔化されないぞ、という思いがあったですね。ですから哲学や宗教の教えというものを素直に受け取ることができなかった。
 むしろ客観性をあつかう物理学、特に素粒子学とか天文学で宇宙の成り立ちとかがわかれば、人間がこの世に生まれてきて死んでいくとか、自分の生死の問題に決着がつくかもしれないという思いがあって大学院に進学して素粒子物理学を専攻しました。しかし最終的には、科学というのは分別で、その分別で自分の生死の問題は越えられないということに直面し、また行き詰まってしまいました。
 
金光:  ちょっと一足飛びになるかもしれないんですが、奥さんとご結婚なさって仏教の特にお念仏の世界、阿弥陀さんによって生かされている世界の話を聞かれるようになったと以前にうかがいました。
 そのお話の中でですね、「世界は一つだけだと思っていたが、世界は一つではない、二つだと書いてあるのを見て、あるいはそういう解釈がなされているのを聞いてびっくりした」とおっしゃってますね。これはどういうことなんですか?
 
志慶眞:  私たちはものを見る時に、周囲に他人とか動物とか木とか、そういうもろもろのものが単独に自分とは無関係にあり、その後、自分とそれらとの関係を結びつけて世界を構築します。そういう認識の仕方で私もずっと生きてきたわけです。しかしある時、自分とは別に客観的にものがあるということを前提にしているけど、それが本当に正しいのかどうかが問われる事態に遭遇したんですね。分別できない全部が繋がった世界が本来の世界で、その中に関係性があるからその関係性を見つけることによって構築された世界の方がむしろ正しいかもしれないと。
 つまり、〈われーそれ〉として物を分別し対象化して見ているときの〈われ〉と、本来すべてのものがつながっているという〈われーなんじ〉の関係性を生きている〈われ〉は全然違う〈われ〉を生きている。つまり二つの〈われ〉があるということです。二つの〈われ〉があるということは、二つの世界があるということになります。
 しかし、自分とは無関係にもともとさまざまな物が単独に存在するという分別からものを見て、それらを自分との関係で結びつけて見る〈われーそれ〉という世界は、最初から単独に存在して変わらない〈われ〉と、単独に存在して変わらない〈それ〉を前提にしていますから世界は一つなんですね。
 
金光:  自分がじたばたしてもしなくても、なんら変わりなく一つの世界が動いていくと。
 
志慶眞:  そういう具合に、私が「思っている」わけですね。
 
金光:  そうですね。
 
志慶眞: なぜかというと、人間は生まれながらに〈われーそれ〉と物を分別して対象化して認識する身を生きています。では、私を誕生させた本来のもともとの世界も「分別された世界」かというと、その世界は「分別を超えた無分別の世界」なんですね。私たちは生まれる時に、その根源的な一如の世界を見失ってしまうわけです。
 そのように生まれる時に一如の世界を見失い、分別する身を持って生まれることを「生苦」というのでしょう。分別は好きとか嫌いとか、勝ったとか負けたとか、得したとか損したとか、あれが欲しいとかこれが欲しいとか煩悩を引き起こします。つまり「生苦」で始まる人生が「老苦・病苦・死苦・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦」を引き起こすわけです。
 〈われーなんじ〉というのは、「分別を超えた無分別の世界・一如の世界」からの私たちへの呼びかけですが、生まれながらに分別の身しか生きてない私たちは、その呼びかけに気づかないまま〈われーそれ〉の世界のみを生き、世界は一つと疑うこともなく思い込んでいるわけです。

金光:  わからないということに気がつくか、気がつかないかが大きな分かれ目のような気がするんですが、その場合はどういうふうなところでそこの問題に気づかれたわけですか?
 
志慶眞: 「分別の世界」しか生きていなかった人類の中で、「分別を超えた無分別の世界・一如の世界」に初めて気づいたのが、私は釈尊だと思いますね。釈尊は「無分別の世界」を感得した時に、「分別の世界」で欲望に明け暮れて生きている人々に「無分別の世界」を話しても徒労に終わるだけだから説くのはやめようと思ったと書かれています。しかし、耳あるものは聞くだろう、眼あるものは見るだろうという「梵天勧請」の後、釈尊の初転法輪が実現します。鹿野園に居る五比丘を訪ね、初めて「分別を超えた無分別の世界・一如の世界」について話をします。五比丘というのは、釈尊が悟りを開く前に一緒に道を求めていた修行者です。釈尊が感得した法(ダルマ)は、釈尊をして立たしめる法だったということです。
 釈尊は悟りを開いた時、「ダルマ(法)が至り届いた。不死が得られた」と述べています。あの偉大な釈尊でさえ、悟りを開くまでは、生まれては死んでいく「生死する有限の命・分別した命」しか見えていませんでした。だから城の中で「生き切れない・死に切れない」と苦悩し、二十九歳のときに城を棄てて道を求める旅に出たわけです。そして三十五歳のとき、ついに悟りを開き「生死を超えた世界」「無分別の世界」「一如の世界」を感得します。「不死が得られた」の「不死」というのは「不生不死」「不生不滅」で、「生死を超えた永遠のいのち」ということでしょう。
 
金光:  生まれない、だから死なない。
 
志慶眞:  人間の分別を超えた真実の大きな世界を感得したゴータマ・シッダルタは、覚者ゴータマ・ブッダ(釈尊)となります。人類で初めて「無分別」、つまり「無相」に気づいた。
 
金光:  「無相」というのは、相のない・姿のない・形のない世界。
 
志慶眞:  そうです。私たちは、世界は初めから相がある、有相と思っています。ところが本来の「一如の世界」は相のない無相の世界です。
 
金光:  私、何年か前か詳しいことを覚えていませんけれども、かなり前に最初に志慶真先生にお話を伺った時ですね、志慶真先生が話を聞いていらっしゃった広島大学の仏教会かなんかで話をされた、
 
志慶眞:  仏教青年会で、
 
金光:  細川巌先生(福岡教育大学名誉教授)ですね。その細川巌先生と細川先生の話を聞いていらっしゃった関真和(小学校教師)先生ですね、そのお二人が共に癌にかかっていて、余命宣告を受けていらっしゃって、そう長くないというところでの交換された手紙、それを読まれた時にですね、ここに自分がこれまで悩んだのを解決できる世界があると、志慶真先生が感得なさったとかということを伺って非常に印象が残っているんですが、その世界はやっぱり不死の世界、そこに書いてあるのが繋がった世界、阿弥陀さんの世界ということなんでしょうか?
 
志慶眞:  そうです。あの往復書簡で細川先生の「死ぬも南無阿弥陀仏、生きるも南無阿弥陀仏、ただこのこと一つ」という言葉に出合ったとき、初めて私を長年苦しめていた正体が明らかになり、同時に私の思いを超えた生死をつらぬく阿弥陀の世界に触れた感動を覚えました。
 私を支え生かしている阿弥陀の世界は、大いなるいのちの世界です。その世界は、私の分別を超えた無分別の世界で、私が分別で生きている娑婆(穢土・世間)とは質が違う、次元が異なる・真実のいのちの領域です。その阿弥陀さんの世界がなかなかうなずけないのは、分別でもって無分別の世界はわからないからです。それを難信という。だから仏法はもともと難信の法なんですね。
 分別でしかものを考えられないのに、自らのその分別で無分別の世界をつかもう、理解しようと私たちはしていました。そのこと自体が分別ですから、自らの力で自らの分別から出ることは不可能です。「機の深信」の「出離の縁あることなし」とは、そのことを言い当てた表現でしょう。
 言葉にならない世界・言葉を超えた世界が、言葉として説かれたのがダルマ(仏法)ですね。無分別の真実の世界は、分別の道具である言葉にしないと分別の身を生きている私たちに届けることができません。龍樹菩薩(インドの仏教僧:150-250年頃)はその言葉の限界をわきまえていました。言葉には限界があるけれども、言葉なしには何も表現できない。だから言葉によってとりあえず名付けることを「仮名」と言いました。

金光:  仮の名と書いて「けみよう」。名前だけのもんで、実体ではないと。

志慶眞: 私たちは、言葉のような分別する道具でしかものを理解できない、表現できない。分別で価値判断をしてしか生きていないのに、分別の価値判断を超えた無分別の世界を自らの分別でつかもうとします。
 
金光:  もっと真剣にやればと。
 
志慶眞: 如来の世界・無分別の世界のみが真実の世界です。分別で計らって生きている私は、真実のかけらなどない迷妄の存在であることは明白です。
 しかしながら長いこと私は、自分の中に煩悩と煩悩でない真実の部分があると思って生きてきました。往復書簡で〈ああ、なるほど〉とうなずいたのは、私は百パーセント煩悩の身だということでした。かねてから言い当てられていた「煩悩具足・煩悩成就」ということです。そのことを「私の中に煩悩があるのではなく、煩悩に名前をつけて私と言っている」と表現しています。私を長年苦しめて来たのは、「出離の縁のない身」だという自分の正体に気がつかないための「煩悩のあえぎ」でした。
 百パーセント分別しかないというなずきの成立は、無分別の世界・如来の呼びかけに触れたということです。人は法(ダルマ)によって、つまり阿弥陀の誓願によってしか救われない。それが「法の深信」です。

金光:  今のお話を聞いていると、この煩悩の塊にわかるわけがないということを教えてくださっている。
 
志慶眞:  そうです。それが法(ダルマ)の働きです。自分の思いではわからないんですね。
 私たちは〈われーそれ〉という分別の世界を生きていて、分別でものを見ているわけです。如来は〈われーなんじ〉と私に常に呼びかけています。それが「南無阿弥陀仏」です。私たちは〈われーなんじ〉とずーっと呼ばれているけれど、その如来の〈なんじ〉という呼びかけを、〈それ〉という分別に転落させて聞いています。それが本願の第十九願、第二十願の課題です。私は〈なんじ〉という呼びかけを、「こんなことで誤魔化されんぞ」、「こういうものは理解できないぞ」、「南無阿弥陀仏と呪文とどう違うのか」と対象化して考えてきました。あるいは「南無とは何か」「阿弥陀とは何か」と根掘り葉掘り分別で分析して理解しようとしてきました。
 しかし〈なんじ〉という呼びかけは、人間の分別を超えた如来からの呼びかけですから、私の分別では理解できないわけです。しかし人間はそこからしか出発できないんですね。〈こんなものではどうにもならない〉という思いを抱えながら、〈分かりたい〉という思いの中で歩むわけです。〈なんじ〉をああでもないこうでもないと対象化して理解しようとしている間に、実は〈なんじ〉という呼びかけが分別で物事を理解しようとしている浅ましい自分の姿を照らし出してくれるんですね。私にそのとき届いた言葉が「生きるも南無阿弥陀仏、死ぬも南無阿弥陀仏、ただこのこと一つ」でした。これは南無阿弥陀仏が何かという対象化した理解を超えた言葉でした。私は長いこと、如来の〈なんじ〉という呼びかけを〈それ〉に転落させて、〈なんじ〉を〈それ〉と対象化し、ものとして「南無阿弥陀仏」をつかもうとしていました。恵まれて如来の呼びかけ〈なんじ〉が〈なんじ〉として聞こえた時に、初めて「〈なんじ〉を生きる〈われ〉」が成立します。この時、「聞」は「信」となります。
 『唯信鈔文意』には「法性すなわち法身なり。法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり」とあります。法性法身の世界とは、無分別の世界・一如の世界・涅槃の世界です。法性法身の世界は、私が分別して生きている世界とは質が違う、次元が異なる世界、つまり異次元の世界です。私の思いを超えた異次元の世界は、分別でしか生きていないものにはわかるはずのない世界です。分別でしか生きていない人間が、法性法身・無分別の世界とコンタクトできる可能な道があるとすれば、無分別の世界が自ら分別になる以外にないわけです。
 その無分別の世界が分別になることを「大悲方便」といいます。方便とは、配慮、手だて、具体化という意味で、仏様の一如の世界はそういう働きを持っている。なぜそうなのかはわからないけれども。私たちも一如から誕生したから、そこに響き合うものを持っているということでしょう。
 「法性法身」は、人間の一切の概念も言葉も文字も超えた世界、つまり無分別・無相の世界です。「〈われ〉も〈それ〉も〈なんじ〉」もない世界です。その「〈われ〉も〈それ〉も〈なんじ〉もない世界・法性法身」が、自ら〈われーなんじ〉という分別にまでなることを「方便法身」といいます。それは〈われーそれ〉の〈われ〉の世界しか知らないため、世界は一つで「生まれて死んだら終り」だと迷いの人生を送っている私たちに、「実はあなたを超えた大きい世界があるよ」との如来の呼びかけです。その呼びかけを聞き開く以外に、私が分別を超えた真実の大きい世界にうなずくということはありえない。無分別が分別になることによって、分別してしか生きていないものが、初めて〈ああ、なるほど。そういうことなのか〉とうなずくわけです。
 人類の歴史の中でそれを初めて感得した釈尊は、「あなたは大きい世界から〈なんじ〉と呼ばれている」ということを生涯をかけて迷える人々に伝えてきました。そして多くの人々に〈われーなんじ〉の〈なんじ〉という呼びかけが至りと届き、〈われーなんじ〉の〈なんじ〉を生きる世界が開かれてきました。気がついてみると、〈われーなんじ〉の世界の方が大きい。〈われーそれ〉という分別の世界は実にちっぽけな世界です。分別を超えた大きな世界に生きとし生けるものすべてが生かされている。私の分別・エゴは、生まれては死ぬという有限の生死する命しか見ていませんが、実は生まれる前も、今も、死んでからも、生死を貫いている大きな法の世界、ダルマの世界、一如の世界が私を根本的に支えていたといううなずきが成立します。疑い無しです。
 ところで世間では、分別は役に立ちます。何で役に立つかというと、私たちが分別の身を生きているからです。しかし、分別は役に立つけれども末通らない。何で末通らないかというと、私たちを生かしているのは無分別の世界・一如の世界だからです。分別の身を生きている私たちは、分別は役に立つからこの世はそれで済んでいるように思ってるけども、末通らないから皆これでは死んでいけないわけです。
 
金光:  それで困ってるわけですね。
 
志慶眞:  困るわけです。どなたも最終的に困るわけです。
 
金光:  これだけ一生懸命やっているのに、何で困るんでしょうみたいなところがあるけれども、それはおっしゃるとおりだな。
 これまで出てきた〈われーそれ〉と〈われーなんじ〉という言葉は、志慶真さんが発明なさった言葉ではなくて、オーストリア生まれでドイツで生活し、晩年はイスラエルの大学で教えたりしたヨーロッパの哲学者ですよね。
 
志慶眞:  マルティン・ブーバー(オーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者、社会学者:1878-1965)です。
 
金光:  ブーバーですよね。『我と汝』というような本が出ておりまして、志慶真先生がお書きになった自分の体験の中で、今のように非常に論理的にですね、〈われーそれ〉、〈われーなんじ〉を解説していただくと、私たちもなんとなくわかったというのはおこがましいんですけども、なんとなく近づけるような気がするわけですけれども、ブーバーの『我と汝』をご覧になって、最初の印象はどういうことだったんですか?
 
志慶眞: 先にも言いましたように、私は「世界は一つだ」と思っていたのに、「世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。」と言われて衝撃を受けたわけです。「世界は一つではない。世界は二つある。」ということと、「人間のとる態度とは別に世界が存在するわけではない。世界は、人間のとる態度による。」ということ。つまり「お前が考えている世界は、実は世界の中の一部分を自分の認識で考えて世界と言っているんだよ」と。それが非常に大きな衝撃だったんですね。
 ただ私はブーバーを研究しようと思ったわけではなくて、ブーバーの言っている一つ一つの言葉に触発され心を揺さぶられて、ずーっとそれに向き合ってきたということです。
 私たちはものが単独に「あれ」とか「これ」とか「それ」とかと存在していると思っていますが、ブーバーは、「あれ」とか「これ」とか「それ」とかと「私」が言っているのだから「私〈われ〉」を抜きにした〈それ〉、〈なんじ〉はありえないとして、〈われーなんじ〉、〈われーそれ〉という「対応語」から出発します。
 
金光:  「対応語」以外はないと言っているんですか?
 
志慶眞: そうなんです。私たちは、私とは別に〈あれ〉も〈これ〉もあると、つまり「単独語」でものを考えますが、ブーバーは、そういう「単独語」はそもそもありえないと言って、「根源語とは、単独語ではなく、対応語である」と表明し〈われーなんじ〉、〈われーそれ〉という「対応語」から話を始めます。「根源語」とは私たちの態度を決定するほどの重要な言葉という意味です。
 単独語とは人間の分別に由来します。単独語でものを考えるというのは、人間の認識の迷妄性ですが、仏教の唯識は単独語でものを考えるその人間の迷妄性を問題にするところから出発しますね。
 
金光: 唯識には、「依他性」という言葉がありますね。他によって生起すると。
 
志慶眞:  ブーバーは、依他性という関係性の世界から出発します。「あれ」とか「これ」とか言っているのは、すでにしてそう言っている私があるのであって、それを抜きにしてものがあるということは、この世の中にはありえないというんで、その関係性のことを「対応語」というんです。そこから出発します。「根源語とは単独語ではなく対応語である。対応語の一つが〈われ―なんじ〉である。他の対応語は〈われ―それ〉である。対応語は〈われーそれ〉、〈われーなんじ〉の二つある。」と述べています。
 〈われ―それ〉の〈それ〉は対象化、分別化、分断化、固定化、物質化された「もの」です。そういう〈われーそれ〉の〈われ〉を生きる世界と、〈われーなんじ〉の〈われ〉を生きる世界とは全く世界が違うんですね。だからブーバーは、世界は二つあるといいます。仏法に当てはめると、〈われーそれ〉いうのは、私たちが生きている世間・娑婆ですね。
 
金光:  娑婆の世界は〈われーそれ〉を生きている。これはよくわかりますね。
 
志慶眞:  〈われーなんじ〉と如来が呼びかける世界を浄土という。
 
金光:  それに気がつかない。
 
志慶眞:  なかなかわからないですね。根源的な世界を浄土といい、その浄土からの私たちへの呼びかけを南無阿弥陀仏といいます。
 ブーバーはヨーロッパのユダヤ教やキリスト教がベースにあるものですから、私から〈なんじ〉と呼べるという表現の仕方をしています。「私から汝と呼べる世界、これが大切だから、その永遠の汝に呼びかけましょう」と。ユダヤ教徒やキリスト教徒は自ら「神よ」と人間の方から〈なんじ〉と呼びかけますからね。ブーバーが活動していたあの時代でも、いや人間の方からは〈なんじ〉という呼びかけはできないということを言った人たちがいたのですが、それは少数派でした。
 私は浄土真宗の教えからすると、最初に人間の方から呼びかける〈なんじ〉という言葉は〈それ〉でしかないと思います。百パーセント分別の身から出るのは分別でしかない。つまり私の方から〈なんじ〉とは呼べないと思っています。
 
金光:  それはそう思いますね。
 
志慶眞: 百パーセント分別のみの私が、何で〈なんじ〉と呼べるようになるかと言えば、無分別なるものが分別にまでなって私を〈なんじ〉呼びかけたからです。〈それ〉しか生きてない私が〈なんじ〉と呼ばれて、私の〈それ〉がひるがえされて〈なんじ〉に出遇う。そこで初めて新しい〈われーなんじ〉の世界が開けるわけです。
 しかし、私たちは〈なんじ〉と呼ばれても、如来の呼びかけ〈なんじ〉を〈それ〉としか聞けないわけです。それが「難信」と言うことなんですね。〈なんじ〉を〈それ〉として聞きながら歩むことによって、ついに自分の姿が明らかになってくる。実は自分に問題があるということを、〈われーなんじ〉の呼びかけが照らし出してくれます。その時に初めて自分の疑いが払拭され、〈なんじ〉という如来の呼びかけが私の思いを超えたものとして至り届く。〈われーそれ〉はちっぽけな世界で、〈われーなんじ〉の世界が実は本当だったんだと目が覚めます。私が如来に願われ〈なんじ〉と呼ばれ続けていたことに目が覚めて、初めて私から〈なんじ〉という言葉が出てきます。「聞名」が「称名」になるんですね。そこで「〈われ〉は〈なんじ〉であり、〈なんじ〉は〈われ〉である」という関係性の世界が開かれます。この時、聞は信となります。それが他力、本願の世界、いわゆる「信心」の世界です。
 今までは分別しているということも、そういうもので自分の人生を構築していたということもわからないで生きてきたわけです。教えに会うことによって、朝から晩まで「あれが欲しい、これが欲しい、こうだ、ああだ」と分別のみを生きていたということがわかる。百パーセント煩悩の身だという私の正体への目覚めが、私の煩悩を超えた真実のいのちの領域を開きます。〈われーそれ〉の〈それ〉を根拠にして生きる道しかなかったものが、〈われーなんじ〉の〈なんじ〉という呼びかけの世界が真実だと目が覚めた時、「あれ」とか「これ」とかという分別は無くならないけれども、その分別を価値判断の根拠にしなくていい世界が開かれます。分別を価値判断の根拠にして計らうことを「自力」といいます。自らの虚妄分別を価値判断の根拠にせず、如来の〈なんじ〉という呼びかけ、本願他力を根拠に生きる、つまり阿弥陀仏に南無して生きる人生が開かれます。
 今までは分別で分別をなんとかしたいと思って生きてきたわけです。百パーセント分別の身が分別を何とかしようとすることが分別ですから、それは不可能です。なんともならないものをなんとかしようともがき苦しんできました。そういう浅ましい自分の姿を教えてくれるものとして念仏・南無阿弥陀仏が至り届いた時、我が身に起こるすべての出来事が、我が身を照らす出来事、私が仏さんに会う原動力になります。
 私たちはよく「こんな俺では」と卑下します。「卑下」というのは、実は自分で自分の始末をつけようとする「慢心」にほかなりません。「卑下」は自縛であり、暗いですね。
 私を超えた大きな世界があるということがうなずけたら、自分に起こるいちいちの出来事を自らの分別で決着をつけなくて「懺悔」して生きる人生が開かれます。「懺悔」は解放であり、明るいですね。その「懺悔」して生きる大きな世界に出遇うことが、宗教の一番の眼目です。
 よく人々は「宗教に入る」と言いますが、実は「宗教に出る」んですね。ちっぽけなエゴの中にいる人間が、それを超えた大きな真実の世界に出るんです。仏さんに「南無」して生きる人生が成立するんですね。
 
金光:  そこに自然に「懺悔」という世界とつながりがあるわけですね。
 
志慶眞: 「卑下」と「懺悔」は全く次元の違う言葉です。
 往復書簡で自己の正体に気づかされた時、「俺はなんと冷酷無比だろう」という思いが込み上げてきました。分別は冷たい心です。仏法も先生も分別で切り刻んで理解しようとしてきました。自分はなんとのその冷たい心で今まで生きて来たんだろうかと思った時、「死ぬも南無阿弥陀仏、生きるも南無阿弥陀仏、ただこのこと一つ」という、自分の分別を超えた世界が明らかになりました。冷たい分別で真実の仏法を掴んで理解しようとしていた迷妄の姿が白日の下にさらされた思いでした。
 
金光:  そうなんです。こうやって掴んだら何とかなるだろうというのがどっかにある。
 
志慶眞: 百パーセント煩悩の身だということを表現するために、「煩悩に名前を付けて私と言っている」と言っていますが、「私は冷たいけれども、この身は陽の温かさを感じる身を持って生まれている」とも言えます。つまり分別を生業とする私は冷たいけれども、仏さんの温かさを感ずる身をもって生まれてきた。それは私も一如の世界から誕生しているから。誕生する時に無分別の母なる大地を見失って、分別の身を生きているけれども、今ここで私を生かしているいのちは、分別の命ではなくて無分別のいのちです。母なる大地の温かさを感ずるような身を、私は仏さんから賜っているわけです。気づいてみればそれがとても嬉しい、ありがたいわけです。仏法を聞くということは、生まれる時に見失った分別を超えた一如の世界に、もう一度出遇うということなんですね。
 
金光:  だから「宗教の世界に出られた」ということをおっしゃるんですよ。
 
志慶眞: そういう大きな世界を知らなければ、皆、自分の分別した世界で一生を終わる以外ないじゃないですか。
 
金光: 貴重なお話しどうもありがとうございました。         
                               (おわり)

 これは、NHKラジオ第2「宗教の時間」( 2018年1月21日放送) で放送されたものに加筆し、校正したものです。   (志慶眞:平成30年7月17日)

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