浄土真宗

2011年(平成23年)

活動経過
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2011年(平成23年)  

2011年1月〜6月
『落ち穂』琉球新報コラム 掲載(1~13回)
第1回〜〜〜〜〜第13回


2月18日〜3月1日  「 インド仏跡巡礼の旅 」

  今月末、『インド仏跡巡礼の旅』に行ってきました。
 釈尊は、私にとって特別な存在です。その出会いがなければ、今の私の人生はありません。
 釈尊が35歳で覚りを開いたブッダガヤ、最初の説法が行われたサールナート、80歳で入滅されたクシナガラなど、釈尊が生涯をかけて歩いた道をたどってきました。
 今回の旅行は、小山一行先生(筑紫女学園大学教授)のお誘いによります。先生の『釈尊の道』(出版:山喜房佛書林)を初めて手にしたのが1980年でした。仏教への偏見をただされ、本来の釈尊の教えに触れるような感動を覚えました。それから27年後の2007年に先生との出会いが実現し、そして今回の機会に恵まれました。目に見えない深いご縁を感じます。

ブッダガヤで記念写真
ブッダガヤで記念写真
サルナート
サルナート
クシナガラ
クシナガラ
ベナレスの日の出
ベナレスの日の出
ベナレス
ベナレス



3月5日(土)仏教特別講演会  
     --時間:午後 3:00〜午後 5:00
     --場所:ま な ざ し 聞法道場(しげま小児科医院二階) 
     --講題: 人間の理想と仏の願い 
           一楽 真先生(大谷大学教授)

 自分の人生を後悔なく満足できるものにしたいとは、 誰もが願っていることだと思います。にもかかわらず、日常生活からは不安や悩みがなかなか消えていきません。逆に年齢を重ねれば重ねるほど悩みが深くなることもあります。また、世界の平和ということが叫ばれながら、憎しみや争いも次々に起こってきます。それはどうしてなのでしょうか。
 人間の理想と言えば、言葉はきれいですが、その根っこには「自分さえ良ければ」という執着が渦巻いています。その執着を痛ましいことだと教えてきたのが仏教です。今回は『仏説観無量寿経』に説かれる釈尊の呼びかけを通して、人間が本当に安心できる道はどこにあるのかをご一緒に尋ねていきたいと思います。

3月6日(日)「論註に学ぶ会」   
        前日に引き続き開催
     --時間:午前10:00〜午後0:00 午後 1:30〜午後3:00
     --場所:ま な ざ し 聞法道場(しげま小児科医院二階) 
     --講師: 一楽 真先生(大谷大学教授)



6月4日(土)仏教特別講演会  
     --時間:午後 3:00〜午後 5:00
     --場所:ま な ざ し 聞法道場(しげま小児科医院二階) 
     --講題: 如来の出現 
           小山 一行先生(筑紫女学園大学教授)

  仏教の学びは、今から2500年前、仏陀(目覚めた人)と仰がれたお方がこの地上にましましたことへの敬いから始まります。しかし、それを単なる歴史上の出来事として受け取るだけでは、私の生き方と結びつく接点とはなり得ません。
 王子として生まれた釈尊が、王宮を棄てて道を求め、真理に目覚めて仏陀と成られ、入滅の日まで教えを説き続けられたのは、ひとえにこの私を目覚めに導くためであったと受け止めたとき、釈尊は歴史的人格を超えて永遠にはたらき続ける「如来」と仰がれます。
 この如来の仰せを聞いて、成仏への道を歩もうとしたのが大乗仏教であり、親鸞聖人もまた、久遠の如来の教法を「如来如実の言」と喜ばれたのでした。私はこの30年余りの間におそよ20回、釈尊の生涯をたずねるインド仏跡巡礼の旅を続けてきました。これらの体験を交えながら、「今現在説法」の如来の仰せを、皆様と共に味わいたいと思います。

[小山一行先生との出遇い]
     小山 一行先生
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6月29日  滋野井光、京子さんご夫妻(石川県稱佛寺)来院


8月6日  龍谷大学大学院実践真宗学研究科の深川宣暢先生と大学院生4名が来院。       ま な ざ し仏教塾の読書会に参加。夕方から交流会を持ちました。



9月3日(土)仏教特別講演会  
     --時間:午後 3:00〜午後 5:00
     --場所:ま な ざ し 聞法道場(しげま小児科医院二階) 
     --講題: 仏に遇う ーその大切さと難しさー
           一楽 真先生(大谷大学教授)

  仏教が世界的な宗教であることは誰もが知っています。しかしながら、何をもって仏の教えというのかとなると、人それぞれの受けとめや解釈の違いがあります。場合によっては、自分勝手なイメージだけで仏教を考えていくことも起こります。
 ただ、これはお釈迦様が入滅なさったからという理由だけではありません。お釈迦様がおいでになる頃からの問題でした。お釈迦様の顔を見たからといって、はたして仏に遇ったと言えるでしょうか。かえって姿や形にとらわれてしまうことにもなります。本当に仏に遇うとはどのようなことなのでしょうか。また、仏に遇うことは私たちの人生にとってどんな意味をもつのでしょうか。今回は『大無量寿経』の説法を通して、ご一緒に尋ねたいと思います。

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9月4日(日)「論註に学ぶ会」   
        前日に引き続き開催
     --時間:午前10:00〜午後0:00   午後1:30〜午後3:00
     --場所:ま な ざ し 聞法道場(しげま小児科医院二階) 
     --講師: 一楽 真先生(大谷大学教授)


9月10〜11日 「ビハーラ医療団」第11回研修会に沖縄から6名参加。               滋賀県長浜ロイヤルホテルで開催。
滋賀県長浜ロイヤルホテル


懇親会



9月24〜25日 西教寺(広島県呉);秋彼岸会講演会

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西教寺シンポジウム『生死を超える道』

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10月29〜30日 称佛寺(石川県);報恩講 
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