浄土真宗

空即是色 花ざかり

『 空即是色 花ざかり 』  

   すべての見えるものは、
            見えないものにさわっている。
   聞こえるものは、
            聞こえないものにさわっている。
   感じられるものは、
            感じられないものにさわっている。
   おそらく、考えられるものは、
            考えられないものにさわっている。

 これは、ドイツロマン派を代表する詩人ノヴァーリスの詩です。この詩を読むたびに、そのみずみずしい感性に心を揺さぶられます。

 日頃、私たちは「見えるもの」「聞こえるもの」「感じられるもの」「考えられるもの」だけで判断し生活し、そういう即物的な価値観の世界を生きています。
 たとえば、「死んだら終り。どうせ死んだら骨と灰になるだけ」といいます。「死んだらゴミになる」と言った人もいます。しかしながら、もし愛おしいわが子が癌になり、その死が迫ってきた時、わが子は「どうせ死んだら骨と灰になるだけ」「死んだらゴミになるだけ」と言えるでしょうか。亡くなっていく子に「お母さん、また生んでね。お母さんの子でいたいから」と言われて慟哭したお母さん。その子とお母さんの共に生きている世界は、ことばをこえ生死をこえています。
 私たちはわが身が問題でなく対象化して物を考えている時、即物的な対応をします。しかし、いざわが身の問題になった時に、それだけではない世界を垣間見ます。
 たとえば他人の死は、いわばオリの中の虎を見るようなものです。怖いけれどもオリの中だから私は安全です。しかし、私が死を宣告された時、思いもよらず山中で目の前に飛びかからんばかりのどう猛な虎に遭遇することになります。私の全身の血は逆流し、毛は逆立ち、胃は口から飛び出しそうになります。「死」を対象化して見れなくなります。私たちは、どの人も100%、山中の虎に遭遇します。
 私たちの即物的な価値観の世界は、事物の実体化、真実のあり方に対する誤った分別、その分別に基づいた執着がつくり出す世界です。仏教は、そういう表面的な生き方、世界を顛倒妄想の世界と言ってきました。
 親鸞聖人は「見えないもの」「聞こえないもの」「感じられないもの」「考えられないもの」を「法性法身は、色もなし形もましまさず、しかれば、心もおよばれず。ことばもたえたり。」(『唯信鈔文意』)と言われました。 
 仏教は「見えないもの」「聞こえないもの」「感じられないもの」「考えられないもの」を届け、「さわれないもの」に触れさせようとしてきました。
 しかし、「相対有限」の存在でしかない人間が、「絶対無限」なるものをどうすれば理解できるのでしょうか。考えたことはすでに限定であり、表現した言葉も限定です。考えたこと、表現した言葉はすでにして「絶対無限」なるものとの隔絶です。不可能としか思えない、この絶望的な困難さの中で、「相対有限」なる存在に「絶対無限」なるものは具体的にどう届くのでしょうか。

 ところで、二〇〇四年に生命科学者の柳澤桂子さんが出版した『心訳 般若心経…生きて死ぬ智慧』(小学館)と、二〇〇五年には作家の新井満さんが出版した『自由訳 般若心経』(朝日新聞社)が手元にあります。いずれもベストセラーです。私も『般若心経』を愛読し、その説かれる世界観に心ひかれ以前は暗唱していました。今また、現代語で意訳した『般若心経』が沢山の人々の心に響いています。おそらく人々は空(くう)という言葉に引き付けられているでしょう。
 空とは、龍樹(150ー250ごろ)が、縁起しているものには固定的な「実体」はない、つまり「無自性」を大乗仏教の基本である 般若思想によって表現した言葉です。
 「色即是空」「空即是色」は『般若心経』のよく知られた言葉ですが、「空」とは実体としてあるのではない、「絶対無限」なるもの、「色」とは現象としてないのではない(二重否定=肯定)、「相対有限」の存在です。
 「相対有限」なる存在は、自らの生の根底にある「絶対無限」なるものに心ひかれる、あるいは「絶対無限」なるものは常に「相対有限」の存在に働きかけてやまないということでしょう。
 そのことを親鸞聖人は「この一如より形をあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまいて、不思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたち〜」(『唯信鈔文意』)と言われました。「さわれないもの」にいかに触れさせるか。その歩みが仏道の歩みであり、浄土教はついに本願念仏・南無阿弥陀仏ひとつで「絶対無限」なるものへの扉を開きました。私はそれを「不可思議」といただいています。
 「色即是空 空即是色」は「南無阿弥陀仏」一句におさまる。
 『空即是色 花ざかり

2006,4

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