浄土真宗

『仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし』

『仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし』    

                           志慶眞文雄 
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はじめに  

 皆さんこんにちは。沖縄から参りました志慶眞と申します。報恩講へお招きいただき、ありがとうございます。
 
 実は今年(2015年)8月に、『如来のまなざしの中を』(発行:自照社出版)という本を出しました。自分の本を出版社に依頼して出そうと思ったのは初めてのことで、それには動機がふたつありました。

 私は、マルティン・ ブーバーの『我と汝・対話』という本のおかげで浄土真宗に向き合うことが出来たと思っています。それで、もう十数年ほど前になりますが、マルティン・ ブーバーと翻訳者:植田重雄先生への感謝と自分自身のために、この出来事を書きとめておこうと「ま な ざ し 仏教塾」の機関誌『ま な ざ し』に「マルティン・ブーバーの衝撃の語録 『我と汝』を読む」という文章を約2年間かけて書きました。それから5年後、インターネット上にホームページを開設(2009年)したとき、こんな難しい話は誰も読まないだろうと思いつつそれを掲載しました。ところが思いもよらず、ホームページを開いて4、5年で「マルティン・ ブーバーの衝撃の語録 『我と汝』を読む」へ1万6千人以上のアクセスがあり、時々本は出てないのかと問い合わせがありました。もしかしたらこれは本にしておく意味があるのかもしれないと思ったのが、本を出版した動機の一つです。私がブーバーと出会ったのは、細川巌先生がご法話の中でブーバーの話をなさったのがきっかけでした。それで本を取り寄せて読むようになりました。

 それからもう一つ動機がありました。沖縄に帰って、浄土真宗の教えに戸惑いを覚えているときに、「関真和先生と細川巌先生の往復書簡」を手にしました。この往復書簡が、私がお念仏に遇う道を開いてくれました。11年ほど前になりますが、NHKのラジオ深夜便「こころの時代」に出演したとき、この往復書簡の話をしました。すると放送後、全国から往復書簡が欲しいという問い合わせがありました。しかし往復書簡はプライベートな手紙なので、コピーしてさし上げていいものか迷い、往復書簡が載った『飯塚の会通信』を送っていただいた福岡の赤宗正俊さんに訊ねましたところ、公にしている手紙なのでかまわないとのことでした。今でも時々、どうしたら手に入るのかと問い合わせがあります。誰でも往復書簡が手に入るようにしておきたいというのが、もう一つの動機でした。

 今回出版した本に、「マルティン・ブーバーの衝撃の語録 『我と汝』を読む」と「関先生と細川先生の往復書簡」を収録しました。

 今日、皆さんにお配りした資料は一枚です。今日は、板書しながら話そうと思います。予定されている講演時間が90分でしたので、90分ではまとまった話ができないと思い、こちらに着いてから時間を120分くらいに延長してもいいですかとご住職に尋ねましたところ、時間はまったく気にしないでいくら延長してもいいですと、びっくりするような嬉しい返事をいただきました。今日は東京に宿泊する予定なので、お言葉に甘え時間を延長して話をしようと思います。


始まりは10歳の体験から  

 はじめての方もおられると思いますので、自己紹介から始めます。私は昭和23年戦後間もないころ、沖縄に生まれました。近くに米軍の基地があって、日曜日になると若い兵士がジープに乗ってチョコレートとかキャンデーを持って来るので、その後ろをギブミーチョコレート(Give me chocolate.)と追っかけていました。貧しかったけれども何の苦労もなく、毎日遊びほうけていました。

 沖縄の田舎の夜空は満天の星で、小さいころから夜空を見るのがとても好きでした。不思議だなあ、何だろうなあという思いで星空を見上げていました。ところが10歳のあるときふと、いつかこの星空を見られないときが来る、地球から消えてしまうという思いが身体の中を突き抜けたのです。不安と哀しさと虚しさで、どうしたらいいのかわからないような体験をしました。それから50数年経っていますが、つい昨日のことのように場所も時間も覚えています。その日を境に生きて行くのが辛くなりました。

 その不安と哀しさと虚しさは小学校・中学校・高校・大学とずっと続き、大学の時にはピークに達しました。結局、何をしてもいずれ死んでしまう、人類だっていずれ滅亡する、そうであるならば生きている意味は何もないのではないか。無意味な人生ならいつ死んでもいいやと思っていました。当時は大学紛争や沖縄の復帰運動もあり、内も外も嵐みたいな毎日で、生きていくのがとても辛い日々でした。

 ただ、小さい頃から抱いていた〈宇宙〉や〈もののあることの不思議さ〉への興味は変わらず、どうせ死んでしまう人生ならせめてこうしたことを少しでも知って死んでいきたいと思いました。そのためには素粒子物理学か天文学を学ぶ必要があります。ところが私はすでに、畑違いの工学部電気工学科に入学していました。沖縄が復帰する前のパスポートが必要な頃、沖縄で大学入学選抜試験をして全国の国立大学に配置するという内地留学制度があり、その制度で愛媛大学へ進学していました。進路を理学部物理学科へ変更するために転学部試験を受けたいと、大学事務局に相談に行ったのですが、「あなたは沖縄からどの学部へと枠を決められて入学しているから、転学部は難しい」と断られました。かすかな望みも絶たれて、生きて行く方向を見失い夜も眠れなくなりました。

 そういう生活をしているある日、「死ぬから人生は虚しい」とずっと思って生きてきましたが、今のような毎日が1万年も2万年も永遠に続くとしたら、それこそ生き地獄が永遠に続くだけだと身震いしました。死ぬことも虚しいけれども、今を生ききれないことが自分の大きな問題だと気づきました。後から考えると、この気づきは仏道と直結しているのですが、「では明日からは生きられるようになります」とはいえないので、あいかわらず自虐的な生活を送っていました。

 工学部卒業前に、熱が下がらず激しく咳き込んでいました。見かねた友人が「志慶眞君病院に行った方がいいよ」とすすめてくれました。病院に行くと、肺炎と栄養失調で直ぐ入院でした。1週間くらい熱が続いて咳も止まりません。どうせ生きていても仕方がない人生、いつ死んでもいいやと思いつつ、いざ死ぬかもしれないと思うと不安になりました。

 両親は忙しかったので、小さい頃から祖母が私をとてもかわいがってくれました。農作業に行くときは、〈もっこ〉の片方に鍬などを乗せ、もう片方に小さな私を乗せてよく連れて行ってくれ、寝る時は祖母に足をからめて寝ると安心でした。私が大学生になると沖縄に帰省するのを心待ちにし、年金で貯めたお金をこっそり手渡してくれました。そうしたことが思い出され、涙が出てきました。自分が今、亡くなったら祖母がどんなに悲嘆にくれるかと。ここで人生を終わってはいけない。もう1回やり直さなくてはと思いました。

 それで物理の大学院受験をめざして、愛媛大学を卒業してからアルバイトをしながら1年間浪人しました。全国から百二十、三十名の人が受験して、合格するのは十数名という難関なので、独学で畑違いから受験する自分が合格できるとは、正直、思っていませんでした。やむにやまれず受験したというのが実情です。ただ工学部在学中から夜眠れないのでウイスキーを流し込みながら、何の当てもないまま貪るように物理の本を読んでいました。それが功を奏したのか、翌年広島大学の大学院、素粒子物理学研究室に合格しました。

 希望をいだいて愛媛から広島に行きました。修士課程から博士課程へ進学し、われを忘れて素粒子物理の研究に専念できた夢のような年月が過ぎていきました。しかしながら、博士課程の途中で行きづまり、大学院を中退するという苦渋の決断をしました。大きな心の挫折でした。物理学者になるという夢を放棄しました。一言でいえば、科学的なものの考え方では、生きて行く虚しさと死の不安はこえられなかったということです。

 もう行くべき道はないと思ったとき、自分を待っている祖母のもとに帰ろうと思いました。ちょうどそのとき、医学部に行っていた友人が、私が大学院をやめたことを聞いて、医学部進学を勧めてくれました。しかしもう28歳で躊躇しましたが、沖縄で生涯働ける何かを身につけて、祖母の居る沖縄に帰りたい一心で医学部受験を決意しました。それから広島大学医学部へ合格するのに5年かかりました。本当に合格できるのかわからない、先の見えない年月でした。

 実は、物理博士課程に進学するときに結婚しました。連れ合いは熊本出身で、高校生の頃から浄土真宗の話を聞く機会がありました。結婚後、広島大学理学部で臨時の事務職員に採用された彼女は、大学会館で開催されていた細川厳先生の「歎異抄の会」に参加し、生きるのが辛いのなら「歎異抄の会」に行こうと私を誘ってくれました。しかし、今の形骸化した日本の葬式仏教で自分の生死の問題が解決するとは思えないからと、7年間かたくなに拒絶していました。その間に大学院を中退し、大学受験予備校で非常勤講師をしながら医学部受験をめざす生活へと一変しました。受験勉強や仕事の合間に仏教関係の本を読む機会がありました。いつしか、かたくなな気持ちにも変化が起こり、医学部に合格したら「歎異抄の会」に行く約束をしました。5年目に医学部に合格し、発表のあったその日に細川先生の「歎異抄の会」があり参加しました。初めて聞く歎異抄の話はよくわかりませんでしたが、「生死がこえられないのはあなた自身に問題があるからではないのか」という問いかけを、私は歎異抄から聞きました。それまで、やっている対象をかえることで自分の生死の問題を解決しようとしてきましたが、自分自身が問題だったと初めて気づかされました。それが浄土真宗の話を聞くきっかけでした。

 それから6年間、広島で聞法して沖縄に帰りました。しかし祖先崇拝が生活のしきたりになっている沖縄に帰って、すぐに念仏を受け取ることがどういうことなのかまったくわからなくなり、再び路頭に迷ってしまいました。しかし自分が問題だということは分かっていましたので、聞かなかった昔には戻れません。だからといって前にも進めない、現状にも安住できず行きづまってしまいました。方向を見失って5年目、小児科医院を開業するとき、二階に聞法道場をつくる決断をしました。後十年間、浄土真宗の話を聞いてお念仏が受け取れなければ、浄土真宗の教えは自分に届かない教えだから聞法をやめるつもりでした。そういう切羽詰まった状況の中、平成4年に小児科医院を開業しました。

 翌平成5年、予期しない出来事がありました。ある日、関真和先生(小学校教師・五十六歳)が癌で亡くなる1か月前、師の細川巌先生に書かれた手紙と細川先生からの返書が掲載された『飯塚の会通信』を手にしました。

 関先生のお手紙。

 合掌 細川先生、長い間ありがとうございました。…仏法にあわせていただき、大きな世界のあることを知らせていただきました。…お念仏『南無阿弥陀仏』をいただいた故に、生きることができ、お念仏いただいた故に死んでいけます。もし、お念仏におあいしていなかったら、今ごろこのベッドの上でのたうちまわっていると思います。肉体的にはたいへんきついです。すわるのもちょっとの時間しかできないくらいです。でも、心は平安です。…先生、本当にすばらしい人生をたまわりましてありがとうございました。最後の一呼吸までは生きるための努力を続けます。 …  平成五年六月二十四日 関 真和



 この手紙に、同じように癌を患っていた細川先生がすぐに返事を書かれます。

 関君、いよいよ大事な時になったなあ。…慰めようもない。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏におあいできて本当によかった。これが人生のすべてであった。私は昨年十二月以来入院して、このことをいよいよ知った。君も同じだと思う。…死ぬも南無阿弥陀仏、生きるも南無阿弥陀仏ただこのこと一つ。…私の方が先に浄土に行っていると思ったが、君が先かもしれぬ。しかし、後も先もない。皆、南無阿弥陀仏を生きてゆくほか道はありえない。よかった、よかった。君の人生。…  六月二十六日 細川 巌



 診察室のイスに座ったまま涙が溢れて止まりませんでした。「お念仏『南無阿弥陀仏』をいただいた故に、生きることができ、お念仏いただいた故に死んでいけます」、「死ぬも南無阿弥陀仏、生きるも南無阿弥陀仏、ただこのこと一つ」、「私の方が先に浄土に行っていると思ったが、君が先かもしれぬ。しかし、後も先もない。皆、南無阿弥陀仏を生きてゆくほか道はありえない」などのことばが胸に突き刺さり、十歳の時から虚しくて生ききれない、死にきれないと私を苦しめた不安の正体の我執に決着がつきました。「冷酷無比」、それが私の正体でした。私の中に煩悩があったのではなく、煩悩に名前をつけて「私」と称しているのでした。長いこと念仏の教えがうなずけないので、浄土真宗も細川先生も疑いの対象でしたが、その出来事を境に、浄土真宗の念仏、他力、本願、浄土などへの疑いは氷解しました。はじめて細川先生に遇えました。

 それから「ま な ざ し 仏教塾」を立ち上げてもう22年になります。「ま な ざ し 聞法道場」での講演会への参加者は当初は数名でしたが、昨今は50名前後の方々が参加されます。先祖崇拝がしきたりになっている沖縄では、浄土真宗の話を聞く人はいないのではないかと最初は危惧しました。しかし親鸞聖人の教えは、地域を越え、時代を越え、どの人にも普遍的に伝わる話であることを実感しています。


なぜ仏法を聞かないといけないのか?  

 沖縄では、初めて仏法の話を聞く人が多いので、いつも「なぜ仏法を聞かないといけないのか?」、「仏教は何を課題にし、それをどう解決したのか?」という話から始めます。長年聞法している人にも大切なことだと思いますので、かいつまんでお話しします。

 生きるとは生活することですが、その生活を「生(せい)」と「活(かつ)」に分けて、人生には二つの大きな課題があると話しています。


(板書)
  「なぜ仏法を聞かないといけないのか?」

    人生・・・生活すること
        活(かつ)・・・パンをどう手に入れるか? 
        生(せい)・・・パンを食べても死ぬのに、何の為に生き
               るのですか? (これが仏教の課題)


            
 「活」というのは、衣食住、地位、名誉、健康、財産などの問題です。一言で言えばパンをどう手に入れるかということで、私たちの日常生活のほとんどはこれに費やされています。パンを手に入れたら死ななくなるというのなら人生の課題は一つでしょうが、パンを食べても100%死にます。

 「パンを食べても死ぬのに、何の為に生きるのですか?」というのが「生」の課題です。これこそが宗教・仏教の課題です。パンが山のように手に入ったら、次は「生」の問題を考えるようになるかといったらならないですね。さらにもっともっとパンが欲しくなり、最後は「活」に埋もれてしまいます。

 「生」と「活」は密接に関係していますが、問うているレベル・質が違います。「生」の課題を明確にして聴聞することが大切です。

 「ま な ざ し 聞法道場」に仏法を聞きにくるあるお父さんがいます。それを年頃の娘さんがとても嫌がっていました。なんで今更、仏教を聞かないといけないのかと。私が沖縄の地方紙にシリーズでコラムを半年担当したことがありました。人生には「生」と「活」の課題があり、その「生」が仏教の大切な課題であると書きました。それをたまたま娘さんが読んで、お父さんがなんで仏法の話を聞きに行くかよく分かったと、それからは嫌がらないで行かせてくれるようになったとのことです。

 昨今、仏教が人々にアピールする力を持たなくなってきていると言われています。それは、仏教が何を課題にしているかが曖昧になり、人々の心の底からの願いに応えることができなくなっているからだと私は思っています。人々が日常生活で追い求める地位、名誉、財、健康、社会活動、経済活動などはすべて「活」の問題です。それはそれで大切です。しかし仏道の眼目、つまり一義的な問題ではありません。仏道を歩む上で大切なのは、「なぜ仏法を聞かないといけないのか?」、「仏教は何を課題にし、それをどう解決したのか?」を明確にすることです。仏教が解決すべき課題は、「生死(迷い)を超える」ということです。

 何が本来の仏道の課題であるかが明確でないと、違うものを仏道の課題にしてしまいます。


釈尊も親鸞聖人も「生」の課題を問うた  


(板書)
   釈尊(ゴータマ・シッダルタ)…老病死を逃れる道を求めて
   親鸞聖人 : 後世を祈らせ給いける
    ⇩   
    法然上人 : 生死いずべき道



 釈尊は釈迦族の王子(名前・ゴータマ・シッダルタ)として生まれ、地位も名誉も財産もあり、恵まれて大切に育てられました。しかし、いくら「活」が満たされていても、城では生きていけませんでした。青年ゴータマ・シッダルタの言葉が残っています。



 人の命は何と短いことか。百歳にもならないのに、死なねばならぬ。たといこれ以上ながく生きても結局、老衰のために死んでしまう。      (『スッタニパータ』


 
 愚かな者たちは、自分が老人になり、死ぬことを避けることができないのに、他人が老人になり死ぬのを見るといやがるが、考えてみると私もいつか老人になるのであり、死を避けることはできないのだから、他人が老人になり、死ぬのを見ていやがるべきではない。いま若くして、当分死なないといっておごり高ぶるものは、きっと自滅する。そう考えたとき、私の青春の喜びは、ことごとく断たれてしまった。    (『中阿含経』)



 父王よ、私は今、恩愛の情を離れて、老病死を逃れる道を求めて家を捨てます。養母プラジャーパティーよ、私は苦しみのもとを断とうと思います。わが妻ヤショーダラよ、人の世には必ず別れの悲しみがある。私は、その悲しみのもとを断とうと思ったのだ。                            (『方広大荘厳経』)



 ゴータマ・シッダルタは、自分が老いてゆく、病いになる、死んでいくという課題を解決するために、「国と財と位」を捨てて城を出て行ったのです。ここが釈尊の求道の原点でした。



 親鸞聖人も比叡山で行きづまり、山を下りて六角堂に参籠されました。恵信尼公の手紙によると



 山を出でて、六角堂に百日こもらせ給いて、後世を祈らせ給いけるに〜
 後世の助からんずる縁にあいまいらせん
                 (『恵信尼消息』:真宗聖典 616頁)



 参籠された時点では、親鸞聖人も迷いの中です。その迷った中での問いは、「後世」でした。死んだらどうなるのかという問題です。それが聖人の「生」の課題でした。その課題は比叡山で修行しても解決できなかったのです。参籠中、夢の示現にあずかって法然上人を訪ねます。そのとき法然上人は、



 ただ、後世の事は、善き人にも悪しきにも、同じように、生死出ずべきみちをば、ただ一筋に仰せられ候いし〜         (『恵信尼消息』:真宗聖典 616頁)



でした。親鸞聖人の「後世」の問題に対して、法然上人は「生死出ずべきみち」を説いていたのです。

 私は、親鸞聖人の「問い」と法然上人の「答え」は、かみ合ってないと思います。親鸞聖人の問いは、死んだらどうなるかという「後世」の問題でした。法然上人が説いていたのは、「生死出ずべきみち」でした。生死には、迷いという意味があります。比叡山を下りた親鸞聖人の問いは、「前世、現世、後世」の分別した問いでした。「前世、現世、後世」というのは、私たちの日常的なものの見方ですが、親鸞聖人もそこで行きづまっていたのです。この迷いの「問い」に対して、法然上人の「答え」は「生死一如」という分別を超えた視点で説かれた「生死出ずべきみち」でした。それを確かめるために、親鸞聖人は法然上人のもとへ「百日間、雨の日も照る日も、いかなる大事があろうと」通ったと書いてあります。若き日の親鸞の真剣な求道の姿が彷彿とします。

 尊敬する釈尊や親鸞聖人においても、仏教の課題は私たちと同じでした。「生」が明らかになって初めて、「活」は「活」としての十分なはたらきがなせる世界が開かれます。「生」が明らかにならない「活」は、迷いをひき起こします。


生死を「越える」と「超える」  

 法然上人の説かれていた「生死出ずべきみち」は、現代語では「生死をこえる道」でしょう。


(板書)
 生死を「こえる」
    越える・・・自分の思いで越える: 「活」の次元
    超える・・・ダルマ(法)によって超える:「生」の次元
           ダルマ(法) ・・・如来の智慧・慈悲



 仏法を聞く人も聞かない人も皆、いずれ娑婆の命は終わります。ですからどの人も、生死はこえないといけないのです。「こえる」を仮名で書いているのには理由があります。私は「こえる」には、「越える」と「超える」があると考えています。

 生死を「越える」というのは、どうせ人生はこんなものだと自分の思いを固めるか、あるいは地位や名誉や財力を手にいれることで、生死を越えようとする試みです。宗教・仏教と縁のない人はもちろん、仏法を聞いても自力にとどまる人には、その道しかありません。生死を「越える」は、「生死」という分別を自らの分別で越えようとする試みですから、結局、「生死」に埋もれてしまいます。

 「生死を超える」というのは、ダルマ(法)によって超えることです。「生死」というのは分別ですから、分別で分別をこえることはできません。「生死」はダルマ(法)によってしか超えることはできません。如来の智慧・慈悲である無分別からの呼びかけが迷いを超えさせます。それが「他力を賜る」ということです。


仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし  

 「他力を賜る」ということを、浄土真宗の教えにたずねてみます。それで本日の講題を「仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし」としました。 それは、



 『経』に「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」というなり。「信心」と言うは、すなわち本願力回向の信心なり。
                   (『教行信証』信巻:真宗聖典 240頁)



からの引用です。「聞」が大切です。



 「聞」は、きくという。信心をあらわす御のりなり。
           (『唯信鈔文意』:真宗聖典 551頁)
 「信」は、うたがいなきこころなり。すなわちこれ真実の信心なり。
           (『唯信鈔文意』:真宗聖典 547頁)



 「聞」とは「本当に聞く」、「如実(あるがまま)に聞く」ことです。経典のはじめの「我聞如是」、「如是我聞」の「聞」と同じ意味です。「聞」は「信心」です。しかし私たちは、自我(分別心)に邪魔をされて「本当に聞く」、「如実(あるがまま)に聞く」ことが出来ないのです。だから「聞」が「信心」にならないのです。

 「仏願の生起」とは、仏の願いとは何なのか、どうしてそれが立てられたのかということ、「仏願の本末」とは、仏願は私たちにどう届いて、それはどういうはたらきするのかということです。その「仏願の生起・本末」を聞いて、「疑心あること無し」を「無疑心」といいます。「無疑心」とは、私たちに開かれる「疑い無き心」、「心の底からの確かなうなずき」で、それが「本願力回向の信心」です。

 「本願」とは、生きとし生けるものに阿弥陀仏の救いを信じさせ、その名号を称えさせて、浄土に往生させたいという願いです。「本願力」とは、阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに立てられた本願が成就して、現に今、衆生を救いつつあるはたらきのことです。「回向」とは「回し差し向ける」ことで、「本願力回向」とは。如来が衆生に南無阿弥陀仏を回し差し向けて救済することをいいます。その回向された本願力によって、私たちの疑い(計らい)が払拭された心が真実の信心です。

 少し休憩してから、無疑心の背景をマルティン・ブーバーの「我と汝」や唯識をとおしてたずねたいと思います。

< 休憩 >

 「疑い無し」というのが「無疑」ですね。『聖典』のいたるところに出てきます。親鸞聖人の『高僧和讃(善導大師讃)』 にも、



    真宗念仏ききえつつ 
     一念無疑なるをこそ 
     希有最勝人とほめ 
     正念をうとはさだめたれ  
                (真宗聖典 :496頁)



と、「無疑」ということばがあります。和讃の意味は、「他力の念仏のいわれを聞いて、疑いなく信じている人こそ、希有でもっともすぐれた人とほめ、その身に真実の信心を得ているといわれた」となりますが、「無疑」ということばが重要な意味をもつことがよくわかります。

 『一念多念文意』にも、



 「聞其名号」というは、本願の名号をきくとのたまえるなり。きくというは、本願をききてうたがうこころなきを「聞」というなり。また、きくというは信心をあらわす御(み)のりなり。
                  (『一念多念文意』 : 真宗聖典 534頁)



と、「諸有衆生 聞其名号」ではじまる「本願成就文」を釈した所にあります。「本願を聞きて疑い無き心を『聞』というなり」の「疑い無き心」が無疑心です。

 浄土真宗の話を聞いても信心がよくわからないから、疑わないでおこうとか、信じないといけないのではないかとか、そういうこともあるのかなあとか、対象的にものを考えます。そういう対象的なものの見方は信心ではありません。信心とは、理屈をつけて信じようとする心ではないのです。信心というのは、「ああなるほどそういうことだったのか」と骨の髄までうなずくこと、疑い無し(無疑)です。

 疑わないでおこうというのを「不疑」といいます。何とか信じ込もうとするのは、自らの疑い(計らい)を自らの計らいで取り除こうとする疑いの姿です。信じ込もうとする計らいの心が歩みを止めてしまいます。分からないから駄目だというのではないのです。はじめから分かる人はいません。どこまでも分からないものは分からないと疑問をもって歩みきることが大切です。「問い」を持って歩むのが仏道です。

 信心は「不疑心」ではなく「無疑心」です。無疑心を真実の信心といい、その確立が私たち人間の救済を意味します。「疑心あること無し」といえるまで歩みきること、それが一番大切なことです。


(板書)
       無疑心・・・疑い無しの心
       不疑心・・・自らの計らい心


 
 ただ誤解してはいけないのは、私が真実になるのではありません。



 煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり。具縛は、よろずの煩悩にしばられたるわれらなり。  
                  (『唯信鈔文意』 : 真宗聖典 552頁) 



とあるように、教えにあうことで煩悩具足の身であることに目が覚めて、私が仰ぐべき真実の世界がはっきりするということです。


回心による信心の成立  

 無疑心といわれる信心は、どのように成立するのでしょうか。浄土真宗では、信心とは二種深信(「機の深信」と「法の深信」)をいいます。「機」とは「法」に対することばで、仏の教えをこうむるべき対象、法によって救済されるべきものという意味で、「深信」とは深く信じるということです。「機の深信」は「自己への目覚め」、「法の深信」は「法への目覚め」です。「機の深信」と「法の深信」は表裏一体なので「機法一体」ともいわれます。

 「機の深信」とは、



 一つには決定して深く「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、常に没し常に流転して、出離の縁あることなし」と信ず。
                  (『教行信証』信巻:真宗聖典 215頁)



 「法の深信」とは、



 二つには決定して深く「かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなくかの願力に乗じて定んで往生を得」と信ず。
                  (『教行信証』信巻:真宗聖典 215頁)



 二種深信は回心によって成立します。



 「回心」というは、自力の心をひるがえし、すつるをいうなり。実報土にうまるるひとは、かならず金剛の信心おこるを、「多念仏」ともうすなり。
                 (『唯信鈔文意』:真宗聖典 552頁)



とあるように、回心とは自力の心をひるがえし、捨てることをいいます。回心によって真実の報土に生まれる人には、決して壊れることのない他力の信心が必ずおこります。


 (板書)
     信心とは
        二種深信・・・「機の深信」(自己への目覚め)
                「法の深信」(法への目覚め)
        機法一体・・・「機の深信」と「法の深信」は表裏一体

     信心は、回心によって引き起こされる
     回心は、自力の心をひるがえして捨てること


    
 親鸞聖人は、自らの回心の事実を記しています。



 しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛の酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す。
               (『教行信証』化身土巻:真宗聖典 399頁)



 それは、法然上人のもとを訪れた、一二〇一年、親鸞二十九歳のときのことです。それは親鸞聖人にとって、『教行信証』に書きとめるほどの重大な出来事でした。

 自力と回心について、『歎異抄』十六条で確かめてみましょう。



 一向専修のひとにおいては、回心ということ、ただひとたびあるべし。その回心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧をたまわりて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。
                     (『歎異抄』:真宗聖典 637頁)



とあります。今まで本願他力の真実の教えを知らないで自分を根拠に生きてきた人が、阿弥陀仏の智慧をいただき、自分というのは単なる迷いの身で何の当てにもならないということがはっきりし、これまでのような心のままでは浄土に往生することはできないと知って、その自分中心の心を捨て、阿弥陀仏の本願のはたらきにおまかせすることを回心と言います。回心は、如来の回向が私たちに至り届いた時に、私たちにひきおこされる目覚めです。回心というのは生きている根拠がひっくりかえることです。疑わないでおこうとか、なんとか信じようという不疑心が無疑心にかわります。自力無効と目が覚め、常に阿弥陀仏の光明の中にあることが心の底からうなずけ、ひとすじに念仏する人にとって「回心ということ、ただひとたびあるべし」です。何度も行う自己反省ではありません。自己反省は自分で自分の始末をつけようとする行為です。



 自力というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり。
                   (『一念多念文意』:真宗聖典 541頁)



 自力とは、「わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむ」ことで、その自力の心が「日ごろのこころ」です。つまり、回心によって本願他力に帰すまでの日常生活は自力の生活です。


 (板書)
     『歎異抄』 : 回心ということ、ただひとたびあるべし

     自力とは  (一) わが身をたのみ
           (二) わが心をたのむ
           (三) わが力をはげみ
           (四) わがさまざまの善根をたのむ



 この命を自分でつくった人は一人もいません。皆、百パーセント与えられて存在します。私たちは自分では、髪の毛一本つくれません。それなのに私の命と思って生きています。それが日ごろの心、自力の心です。

 どうしたらその自力の心をひるがえし、捨てることができるのでしょうか。



 「信」は、うたがいなきこころなり。すなわちこれ真実の信心なり。
 〜本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを「唯信」という。
            (『唯信鈔文意』:真宗聖典 547頁)



 他力と言うは、如来の本願力なり。 
            (『教行信証』行巻:真宗聖典 193頁)



 ここで注目すべきは、「本願他力をたのみて自力をはなれたる」とあるように、自力を離れることが可能なのは、本願他力をたのむからです。回心とは、如来がその徳を衆生にめぐらしさしむける回向によって、衆生が自力の心をひるがえして他力に帰すことをいいます。如来の回向によるからこそ、回心が成立するのです。自力の心を自力の心でひるがえし捨てることは不可能です。

 人間が何か行為をすることを自力と誤解するから、浄土真宗の話を聞けば聞くほど、手も足も出ない、何も出来ないなどと閉塞的になり、無気力になるのです。これこそが自力の心です。しかし私たちの行為そのものを自力と誤解してしまうのは、しかたがないことです。本願他力の真実の教えを知らないで自分を根拠に生きてきた生活も、本願他力の教えを聞いても信心の成立しない生活も、自分自身の身口意の三業を価値判断の根拠にして生きていく以外のない生活ですから、「人間が何か行為をすること」がそのまま「わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむ」生活、つまり自力になってしまいます。他力の世界は自力の世界がひるがえされたところに開かれる世界だからです。自力を生きながら、他力を本当に理解し受け取ることはできません。これを「難信」といいます。

 本願他力をたのまない生活はすべて自力です。どの人も自力の生活からスタートする以外にないのです。自力で自力を離れることは不可能です。唯一可能な道は、仏法の教えにあい、阿弥陀仏の智慧をいただくことで自力無効と目が覚めて、自分の思いを根拠に生きる生き方から阿弥陀さんに南無して生きる生き方に転換することです。それが回心です。しかし、この自力から他力への展開は簡単な道ではありません。その歩みが一九願、二〇願、一八願ですが、一九願、二〇願は自力の世界、一八願は他力の世界です。他力の世界は自力の世界の延長線上にあるわけではなく、自力の世界がひるがえされたところに開かれる世界です。聞いても聞いても身がうなずかないのは、そこに原因があります。

 それから、もうひとつはっきりさせておかなければならないことがあります。私たちは、回心したらもうその人は純粋無垢な心になって、煩悩の思いは起らなくなると考えてしまいがちですが、それは誤解です。回心したから凡夫で無くなるということはありません。



 凡夫というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまで留まらず、消えず、絶えずと、水火二河のたとえにあらわれたり。 
                  (『一念多念文意』:真宗聖典 545頁)


 
とあるように、私たちの身は無明煩悩が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心が絶え間なくおこり、娑婆のいのちが終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもなく、絶えることもない、煩悩具足の身のままです。



 さるべき業縁のもようせば、いかなるふるまいもすべし。
                  (『歎異抄』:真宗聖典 634頁)



とあるように縁にあえば、どんな煩悩も起こります。そういう煩悩具足の身に成立する信心とは、



 自力のこころをすつというは、ようよう、さまざまの、大小聖人、善悪凡夫の、みずからがみをよしとおもうこころをすて、みをたのまず、あしきこころをかえりみず、ひとすじに、具縛の凡愚、屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり。具縛は、よろずの煩悩にしばられたるわれらなり。
                  (『唯信鈔文意』:真宗聖典 552頁)



 自力の心を捨てるというのは、自分自身を正しいと思う心を捨てて、わが身をたのまず、こざかしく自分の悪い心をかえりみたりしないで、ただひとすじに、あらゆる煩悩に縛られている私たちのような愚かな人も、無碍光仏の思いはかることのできない本願と、広大な智慧の名号を疑いなく信じれば、煩悩に満ち満ちている身のままで、必ずこの上ないすぐれた仏のさとりに至るという意味です。つまり、本願他力をたのむことで自力の根っこが切られているので、煩悩の計らい心が起っても無上大涅槃にいたる障りにはならないのです。


 (板書)
      本願他力をたのむ → 自力の心を離れる
          (一)みずからがみをよしとおもうこころをすて
          (二)みをたのまず
          (三)あしきこころをかえりみず



 『一念多念文意』には、



 如来の本願を信じて一念するに、かならず、もとめざるに無上の功徳をえしめ、しらざるに広大の利益をうるなり。自然に、さまざまのさとりを、すなわちひらく法則なり。法則というは、はじめて行者のはからいにあらず。もとより不可思議の利益にあずかること、自然のありさまともうすことをしらしむるを、法則とはいうなり。一念信心をうるひとのありさまの自然なることをあらわすを、法則とはもうすなり。
             (『一念多念文意』:真宗聖典 529頁)



 意訳してみます。如来の本願こそが真実であると疑いなく信じられて念仏すれば、必ず求めなくてもこの上ない如来の功徳を得させてくださり、知らなくても大きな利益を得させてくださいます。これは、自然にさまざまなさとりを開く法則である。法則というのは、私たちの計らいによってはじめてそうなるのではなく、思いはかることのできないすぐれた利益にあずかることは、もとより本願のはたらきによっておのずからそうなるということを教えてくださっているのです。他力の信心を得た人が、おのずからこの上ない功徳を得るという自然の道理を法則というのです。

 繰り返しになりますが、自力で自力を離れることは不可能です。本願他力に帰依するから自力を離れることが可能なのです。それが法則だからです。私が阿弥陀如来を忘れても、阿弥陀如来は私を忘れていません。私は常に、無碍の光明で照らし守られています。だから折にふれお念仏しながら、迷いの身を安心して生きていけます。

 かつて巻頭言に、



    生きている虚しさにあえいできた
    死んでゆく身であることに心乱れてきた
    自虐的にしか生きて来れなかった
    あーしかし こんな我が身にも
    生きていける死んでいける道が開かれるとは
    予想だにしなかった
    何という世界を賜ったのだろう
    南無阿弥陀仏



 ところで自力の心を捨てるということは「あしきこころをかえりみず」、つまり「こざかしく自分の悪い心を顧みたりしない」ことですが、これは私にとって難題でした。長いこと戸惑いがありました。こんな自分が人前で仏法の話をするのはどうかという思いが払拭されず、いつも尻込みをしていました。それが自力の心だとわかっていても自ら悪しき心をかえりみるのです。自分で自分を卑下するのです。卑下というのは卑下慢、実は慢心なのです。こんな私ではと、自分で自分を貶めるわけです。卑下慢や高慢のところには仏さんはいません。自分しかいないのです。自分で自分の始末をつけようとしているから暗いのです。自分で自分を縛っているから身動きが取れないのです。卑下に似た言葉に懺悔があります。懺悔の前には仏さんがおります。自分で自分を縛らないのです。仏さんに懺悔して感謝する、これは解放です。明るいのです。でも自分で自分の始末をつけようとする心は暗いです。世間では、念仏は暗いといいますが、念仏が暗いのではありません。私の自力の心が暗いのです。懺悔ですから念仏は明るいのです。念仏は百パーセント輝いています。

 その思いを、かつて次のように書きとめました。



   「卑下」と「懺悔」
   この二つの言葉の使われる世界は明らかに異なる。

   「卑下」は私が私に対して発する言葉である。
   「卑下」の世界には、仏さんはいらない。

   「懺悔」は私が仏さんに対して発する言葉である。
   「懺悔」の世界には、仏さんがおられる。

   「卑下」は暗く、「懺悔」は明るい。
   「卑下」は自縛であり、「懺悔」は解放である。

   私達は仏教の教えを聞かないで生活していた時も「卑下」してた。
   そして仏教の教えを聞きはじめて、よりいっそう「卑下」するよになった。
   聞かない方が「楽だった」と。
   長年仏教の教えを聞きながらも、自分で自分の始末をつけようとする。
   それが「卑下」である。

   「卑下」は「卑下慢」である。
   「卑下」は慢心の姿であると仏さんは教えて下さった。
   「卑下」は私の煩悩の姿であると白日のもとにさらされて、
   なおかつ「卑下」が生き残れようか。

   遂に、自分で自分の始末はつけられないと目がさめて、仏さんにお任せする。
   それが「懺悔」である。



 先に「無碍光仏の思いはかることのできない本願と、広大な智慧の名号を疑いなく信じれば、煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり」とありました。言っている意味は分かりますが「広大な智慧の名号」を疑いなく信じられないから、皆苦労している訳です。

 今日は時間を延長して、それはどうしてなのか、この疑心の背景をたずねてみたいと思います。予定外に講演時間が延びて誠に申し訳ありません。付き合える人は付き合ってください。用事のある方は抜けてくださってもかまいません。


「機の深信」と「生苦」  

  二種深信の「機の深信」に、「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫」(わが身は現に今、このように罪深い迷いの凡夫)とあります。「罪悪生死の凡夫」というのが、いかに根の深いものであるかを、まず釈尊の教えにたずねてみます。

 釈尊は、四苦八苦を説かれました。生苦・老苦・病苦・死苦の四苦に愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦を加えて八苦といいます。生苦は生まれる苦しみ、老苦は老いる苦しみ、病苦は病む苦しみ、死苦は死ぬ苦しみ、愛別離苦は愛する者と別れなければならない苦しみ、怨憎会苦は怨みや憎しみをもつ人とも会わなければならない苦しみ、求不得苦はどんなに求めても得られない苦しみ、五蘊盛苦はこの身をつくる肉体と精神が煩悩で燃え盛っている苦しみです。

 ところで老苦、病苦、死苦はよくわかります。しかし、生苦とはなんでしょうか。なぜ生まれることは苦しみなのですか。私はこの生苦が長いこと納得できませんでした。ある先生は狭い産道を通って苦しんで生まれるから生苦だと。では、帝王切開や無痛分娩で生まれた人には生苦はないのでしょうか。ある先生は、五体満足か障害をもって生まれるか、裕福な家庭に生まれるか貧しい家庭に生まれるか、そういう業を持って生まれるから生苦だと。では、たとえば裕福で、健康であらゆる条件に恵まれた人には生苦はないのでしょうか。

 釈尊が説いた生苦は法(ダルマ)ですから、あの人には当てはまるがこの人には当てはまらないといった相対的なものではないでしょう。生苦が万人に当てはまる法であるならば、生苦は仏法において何か本質的なことを言い当てているはずです。現在私は、生苦つまり「生まれる苦しみ」とは、生まれることそのものを生苦というのではなく、「分別心を持って生まれてくることが生苦」だと理解しています。


(板書)
   一切皆苦 : 八苦
          四苦 ・・・ 生苦 ・ 老苦 ・ 病苦 ・ 死苦
          (生苦とは、分別心を持って生まれてくること)
          愛別離苦 ・ 怨憎会苦 ・ 求不得苦 ・ 五蘊盛苦
 (私の) 四苦八苦 ・・・「私」が問題 
               仏教は「私」の解決


          
 仏教は無我を説きます。ですから、自我(エゴ)のはたらきである分別心は妄念妄想です。この自らの妄念妄想が煩悩の正体です。本来、無我にもかかわらず、確固不動の自我があるかのごとく生きています。この自我は超強力な分別心発生装置です。私たちは分別心のため、本来の一如・無分別の世界を見失ってこの世に誕生するということです。それが生苦です。なぜ苦であるかというと、生まれながらに好き嫌い、損得、勝敗、賢愚、美醜、善悪、上下などの分別で心が引き裂かれ苦悩するからです。娑婆に生まれたときの生苦が、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦を引き起こします。つまり「生まれる苦しみ」は、「生きる苦しみ」になります。一般に四苦八苦は並列に書きますが、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦は生苦の内容となります。それが一切皆苦の構造的理解です。

 私たちが生きるのに苦悩するこの世界を、娑婆・穢土・堪忍土・世間といいますが、この分別心は娑婆の命が終わるまで続きます。五十歳まで生きた人は五十年間、八十歳まで生きた人は八十年間、生涯 分別心を抱えて歩みます。ああだとかこうだとか、あの人はこう思っている、ああ思っているのではないかとか、勝手に自分で計らって苦しみます。分別心が自力の心です。もし私たちが、死ぬまで自力の心をひるがえさないならば、分別心でずたずたになって死んでいくことになります。

 どの人も分別心をもって生まれてきます。つまり自力の生涯の始まりです。仏教は、その自力の心をひるがえし捨てることを説きます。それは私たちが救われる道は、生まれるときに自我のはたらきである分別心によって見失った一如の世界、無分別の世界を回心によって再発見することだからです。
 
 ところで、仏教は「生老病死」を課題にするというと、「生老病死」そのものが仏教の課題だと思ってしまいます。しかし、仏教を聞いても老いてゆき、病気になり、死を避けることはできません。「生老病死」は私たちの身におこる事実です。城を捨てたゴータマ・シッダルタの最初の課題は確かに「生老病死」そのものでした。しかし悟りを開いた釈尊が解決したのは、身の事実である「生老病死」ではなく、「私の生老病死」の「私」でした。老いたら老いたままの私を生きていける世界、病になったら病になったままの私を生きていける世界、死を迎えたら私が死んでいける世界が開かれることが、釈尊の道でした。それは、釈尊が生老病死を超えるダルマ(法・他力)に遭遇したから開かれた世界でした。釈尊が悟りをひらいた時のことば、「ダルマが顕現した、不死が得られた。」が伝えられています。


 (板書)
  「ダルマが顕現した。不死が得られた。」
        ダルマ・・・法、真理
        不死・・・不生不死・不生不滅のいのち
             無量寿・阿弥陀のいのち


 
 釈尊がいてもいなくてもダルマは存在します。たとえば、ニュートンが万有引力を発見しましたが、ニュートンが発見したから万有引力が私たちにはたらくようになったのではありません。ニュートンがいてもいなくても万有引力ははたらいていたのです。釈尊に顕現したダルマもそうでした。「不死が得られた」というのは、生まれては死ぬ生まれては死ぬという生死(しょうじ)する命ではなく、不生不死・不生不滅のいのち、つまり無量寿が明らかになったということでしょう。無量寿・阿弥陀のいのちに目覚めることが、「私の生老病死」の「私」の解決でした。回心によって開かれた心が無疑心で、それは如来回向の信心でした。釈尊もまた、生まれる時に見失った一如・無量寿の世界を再発見したのです。これが釈尊の回心にほかならないでしょう。


唯識 : 《表層の心》 と 《深層の心》  

 誕生する時に一如の世界を見失って、分別で苦悩している衆生を救うには、分別を超えた本来の無分別・一如の世界を届ける必要があるのは道理です。しかしその世界をどう届けるかが問題です。法蔵菩薩が五劫も思惟されたのはそのためでした。それほどに人間の分別の闇は深いということでしょう。唯識はこの闇を明らかにする試みです。

 唯識とは、「あらゆる存在はただ〈識〉、すなわち〈心〉にすぎないとする見解」(岩波仏教辞典)です。私たちの眼識(げんしき)・耳識(にしき)・鼻識(びしき)・舌識(ぜつしき)・身識(しんしき)・意識(いしき)を「六識」といいます。眼識というのは光を見る、耳識は音を聞く、鼻識は香を嗅ぐ、舌識は味をする、身識は触れることです。そういう五つの識をまとめるのが意識です。意識の前の五つの識を「前五識」といいますが、前五識は単純です。眼を閉じれば光は入らず、耳をふさげば音は聞こえず、鼻を閉じれば匂いはせず、口を閉じれば味はしません。ところが意識は複雑です。何気なく耳に入ってきた音を聞いてあれはオルゴールの音、あれはお寺の鐘の音と識別したり、この味は一か月前に食べたことがあるとか、あの味とこの味は違うとか識別するのが意識で、知覚・感情・思考・意志などの心のはたらきです。これら「六識」が私たちの《表層の心》です。

 ところが私たちの心はそれだけでは説明がつきません。意識は夜寝ているとき無くなります。気絶したときも意識が無くなります。麻酔をかけられたときも意識が無くなります。唯識では、このように意識がとぎれることを「間断(けんだん)」といいます。

 眠ると意識がとぎれますが、私たちは目が覚めても元の自分のままだと認識します。意識がとぎれてもとぎれない心の領域がなければ統一体としての「私」を保持することは困難です。意識が間断しても、私たちがそれまでに体験した一切の痕跡を保持しながら意識のとぎれをつないでいく心の領域があるらしいことを唯識は見出したのです。それを「阿頼耶識」と命名しました。


(板書)
   【表層の心】
      前五識 ( 眼識・耳識・鼻識・舌識・身識 )

      第六識 ――― 意識: 間断する
         
   【深層の心】               
      第七識 末那識:変わらない自分が一貫してあるように感じ
              ている心のはたらき
                    ↓
                (自我)を生み出す
                自己への執着:「我が身 かわいさ」

      第八識 阿頼耶識:間断のない潜在的心の領域


                              
 昨日の自分と今日の自分はつながっているけれどもまったく同じではありません。生まれたときから今まで、さまざまなことを経験しながら年齢を重ね少しずつ変わってきていることを実感します。しかし別人になったわけではなく、以前と変わらない自分が一貫してあるようにも感じています。その変わりながらも変わらない自分を根底から支えている心のはたらきが「阿頼耶識」ですが、変わらない自分が一貫してあるかのように感じている心のはたらきを「末那識」と命名しました。これら「阿頼耶識」と「末那識」が私たちの《深層の心》です。

 私たちの心の構造について唯識は、《表層の心》の前五識と意識に対して、潜在的に大きな影響をあたえながらそれを支えている《深層の心》、二つの無意識の心の領域、阿頼耶識と末那識を見出しました。

 末那識を第七識、阿頼耶識を第八識といいます。末那識は阿頼耶識に根拠を置いて自分を立てています。末那識が常に見ているのは阿頼耶識です。本来は「無我」で実体はないのですが、阿頼耶識を見て激しい執着心から、変わらない不変の自分がいると思い「自我・アートマン」を立てます。自分の意識ではどうにもならない分別心・執着心は末那識に起因します。一言でいえば「我が身のみがかわいい」という心です。どんな行為も、悪いことをするときはもちろん、どんな善いことをするときも、どんな立派なことをするときも「私が」という思いで汚されます。

 それで親鸞聖人は私たちの行為を、「雑毒の善」(毒のまじった善)、「虚仮の行」(いつわりの行)といわれています。聖人は直接「唯識」の話しはしていませんが、世親菩薩は唯識の大家ですから、私は親鸞聖人の領解の根底には唯識があると思っています。私たちは《表層の心》と《深層の心》の全八識の凡夫です。

 私たちが外界を認識するとき、単純にものを見ているわけではないのです。まず阿頼耶識の影響を受けてものを見ます。これを阿頼耶識の「初能変」といいます。能変とは、能動的に変えてゆく作用のことで、三つの段階の能変(三能変)が説かれます。次に自己への激しい執着が認識に影響を与えます。それを末那識の「第二能変」といいます。もちろん第六識(意識)と前五識も認識に影響を与えます。それを六識の「第三能変」と言います。能変の心でもってものを認識するのですから、あるがままに認識するということは不可能だということがわかります。だから私たちは、「本当に聞く」、「如実(あるがまま)に聞く」ことが出来ないのです。いかに私たちが、偏見と独断で生きているかということです。その根の深さを知ると怖くなります。


(板書)
    【 表 層 の 心 】
      《 前五識・意識 》:生活:現行(げんぎょう)
                  第三能変  
         ↑      ↓  
         ↑      ↓                
      〈 種子生現行 〉  ↓
         ↑      ↓           
         ↑      ↓   
         ↑      ↓           
    【 深 層 の 心 】
         ↑      ↓ 《末那識》:我が身かわいさ
         ↑      ↓        第二能変
         ↑      ↓           
      異熟 ↑   〈 現行熏種子 〉
         ↑      ↓     
         ↑      ↓ 熏習
      
     《 阿頼耶識 》:無記 
      初能変  種子   習気



 唯識では、私たちが現に今やっている具体的な行いを「現行(げんぎょう)」といいます。現行とは、私たちの身で行うこと、口で言うこと、心に思うこと、つまり身口意の三業のすべてです。私たちがやった行為は、良いことも悪いことも、人が見ていようと見ていまいと、もらさず私たちの深いところに降りていって、必ず阿頼耶識に影響を与え長く作用し続けます。それを唯識では、「現行は、その種子(しゅうじ)を阿頼耶識に熏習(くんじゅう)する」といいます。「熏」というのは、たとえば香を衣服にたきしめるとその香りが衣服にうつるような現象で、「習」には、〈ならう〉・〈なれる〉・〈くり返しおこなって身につける〉という意味があります。「種子」とは、阿頼耶識に熏習された行為の作用のことです。阿頼耶識は、あらゆる種子で構成されている識という意味で「一切種子識」とも呼ばれます。阿頼耶識に熏習されたその種子は、条件が整えば再び現行し、私たちが自己を形成していく力となります。それは植物の種が、条件が整えば発芽するようなものなので種子といいますが、実体化して物質的に理解されると困るので「習気(じっけ)」ともいいます。習気とは、「熏〈習〉によって生じた〈気〉分」という意味です。「現行」、「熏習」、「種子」、「習気」ということばは、唯識にとってたいへん重要な概念です。

 「善因善果・悪因悪果・無起因無記果」というように、原因と結果との性質が同じである関係を「等流(とうる)」といいます。また、善もしくは悪の原因にもかかわらず、その結果が善でも悪でもないことを「異熟(いじゅく)」といいます。性質的に〈異〉なって成〈熟〉するという意味です。善でも悪でもないものを「無記(むき)」といいますが、善悪を選別しないで全部受け入れる阿頼耶識は「無記」の性質であると考えられ「異熟識」ともいわれます。


「機の深信」と「法の深信」は表裏一体  

 ところで「機の深信」に「曠劫より已来、常に没し常に流転して、出離の縁あることなしと信ず」とありました。

 「曠劫より已来、常に没し常に流転して」の意味することを唯識にたずねてみましょう。唯識は「無始以来の熏習」を説きます。「無始以来の熏習」とは、阿頼耶識の中に熏習されている行為・行動の種子は、単に私たちがこの世に誕生してからのものではなく、始めなき永遠の過去から、私たちが生まれる以前から、人間になる以前から、受精卵になる精子と卵子以前から、そのまたずっとずっと以前からのものだというのです。「常に没し常に流転して」とは、「無始以来の熏習」によって成り立つ阿頼耶識は今ここを生きている現在の私のいのちの内容でありながら、つねに変化する大きな流れです。このことを世親菩薩は「恒に転ずること、暴流のごとし」(『唯識三十頌』)と述べています。

 「出離の縁あることなしと信ず」とはどういうことでしょうか。私たちの行為というものは、すめば終りという単純なものではなく、私たちの身口意の三業のすべては阿頼耶識に熏習されます。過去のあらゆる体験・経験を種子として蓄えた阿頼耶識は、現時点の私たちに影響を及ぼしています。それが初能変でした。結局私たちは、阿頼耶識に蓄えられた自分自身の過去のすべてによって能変されたものを、認識の対象としています。阿頼耶識に蓄えられてないものは何も出てきません。無意識からでてくるものを、私たちは意識的に操作できませんから、末那識に根拠をもつ分別心を、私たちが意識的に無くそうとしても無くなりません。私たちは単純に意識だけで動いているわけではなく、この深い無意識の中の私たちを揺り動かすものの影響を受けているのです。植木等の「わかっちゃいるけどやめられない」という歌もそういうことでしょう。「私たちは自らの意識(分別・計らい)で、自らの意識(分別・計らい)をこえることは不可能である」という頷きがが、「出離の縁あることなしと信ず」ということでしょう。



 凡夫というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとえにあらわれたり。
                     (『一念多念文意』:真宗聖典 545頁)



とあるように、分別心は臨終の一念までなくなりません。無くならない分別心を根拠にして生きることを自力というのですが、自力の一生を終えるのであれば、「本当に一生涯ご苦労さんでした」となります。しかし、



 本願他力をたのみて自力をはなれたる、これを「唯信」という。
             (『唯信鈔文意』:真宗聖典 547頁)



とあったように、本願他力を根拠に生きることによって、自力を離れて生きる道が開かれます。『歎異抄』後序にも、



 煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。
                   (『歎異抄』:真宗聖典 641頁)



とあります。よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなき火宅無常の世界は、煩悩具足である私が妄念妄想して作り出した世界です。臨終の一念まで私たちの分別心は無くなりません。その自覚が「機の深信」です。その自覚が、阿弥陀仏の本願に南無して生きる「ただ念仏」の道を開きます。それが「法の深信」です。

 「法の深信」とは、



 二つには決定して深く「かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受して、疑いなく慮りなくかの願力に乗じて定んで往生を得」と信ず。
                     (『教行信証』信巻: 真宗聖典 215頁)



ですが、それは「機の深信」の「出離の縁あることなしと」という決着が、必然的に法によってしか人間は救われないことを明らかにします。そういう意味で「機の深信」と「法の深信」は表裏一体です。このことを「機法一体」といいます。


二種深信を開発する聞熏習  


(板書)  
      聞熏習力



ところで、私たちに自由意志はあるのでしょうか。唯識をもとに考えてみました。阿頼耶識は初能変、末那識は第二能変、前五識と意識が第三能変でした。能変とは、能動的に変えてゆく作用のことで、私たちは三つの能変を免れることはできません。私たちは単純にものを見たり、判断したり、行動したりしているわけではないのです。しかし完全に支配されているわけでもありません。喩えば、スプリングのついた自由意志を想像してみました。スプリングがついているので不自由です。では全く動けないのかというとスプリングですからある程度動けます。完全な不自由意志でもありません。ですから、私の意識は自由意志でありつつ不自由意志であり、不自由意志でありつつ自由意志であります。私はこのような相互作用(そうごさよう)を「動的な相互作用」とよんでいます。

 《表層の心》 と 《深層の心》の間にも、動的な相互作用があります。まず意識的なレベルでの行為・行動、つまり現行は、阿頼耶識に無始以来に熏習された種子によって引き起こされます。このことを「種子生現行」といいます。そして引き起こされた現行は、種子として阿頼耶識に熏習されます。これを「現行熏種子」といいます。「種子生現行・現行熏種子」と一連の流れが同時に起こり、永遠の過去から連綿とつづいているのです。

 しかし「種子生現行・現行熏種子」において、「種子生現行」の種子と「現行熏種子」の種子は必ずしも同じものではありません。種子から生じた現行が、あらたに阿頼耶識の中に種子を植えつけるのですが、その種子はすぐに現行するとは限りません。阿頼耶識の中に熏習された種子は、条件が整う時まで生滅をくりかえします。唯識では、それを「種子生種子」といい、時間的流れとしては前後の関係です。そしてそれが思いもよらない時に、思いもよらない形で現われます。

 種子は阿頼耶識の中にあって、私たちの現行を生みだす原因としての力です。種子には、「本有種子」と「新熏種子」があります。「本有種子」とは、無始以来、永遠の過去から阿頼耶識のなかに本来的にそなわっている原因力のことです。生まれながらにその身にそなわっている本能は大きな部分を占めているでしょう。「新熏種子」とは、さまざまな現行によってあらたに熏習された種子のことです。私たちの生活は、「本有種子」と「新熏種子」が相互に関係することによって引き起こされます。

 私たちは、深層の心・無意識(阿頼耶識・末那識)に直接的には関与できません。私たちが直接的に関われるのは前五識・第六識(意識)だけです。その前五識・第六識(意識)も、「種子生現行・現行熏種子」、「種子生種子」の複雑な影響を受けています。私たちに可能な道は、前五識・第六識(意識)をフルに活用する道です。最大の活用は、意識的にくり返し仏法を聞くことでしょう。仏法の話を聞くと必ず阿頼耶識に熏習されます。ことを「聞熏習」といいます。そして、聞くことによって生まれる力を「聞熏習力」といいます。それがいつどこでどういう具合に展開するのかはわかりませんが、聞法する前とした後では、私たちの中で大変なことが引き起こされていることは事実です。「聞熏習」、感動的な言葉です。聞法という現行は、「新熏種子」となりますが、私たちが生まれながらに一如への目覚めのはたらきを「本有種子」として持って生まれて来ているからだと私は考えています。喩えていえば、私は冷たいけれども火の暖かさを感じることができるということです。浄土真宗は「聞の宗教」、「信心は聞に極まる」と言われるように、「聞」は「新熏種子」となり、「本有種子」に作用して回心を引き起こし、信心を開発します。その信心が二種深信です。


マルティン・ブーバーの「我と汝」  

 私たちは、臨終の一念まで分別を離れることができません。分別を離れることができない私たちが、どのようにして見失った一如の世界と出遇えるのでしょうか。

 私にとって、分別の構造を解明し、回心の成立する根拠を明らかにしたのは、マルティン・ブーバーの「我と汝」でした。ブーバーの『我と汝・対話』という本は、岩波文庫で手に入ります。まず出だしから驚かされました。



 世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。



 このことばに私は二つの内容をみます。ひとつは「世界は一つではない。世界は二つある。」ということ。もうひとつは
「人間のとる態度とは別に世界が存在するわけではない。世界は、人間のとる態度による。」ということです。唯識にも「唯識所変」ということばがあります。「唯識所変」を直訳すると「ただ(唯)、識(しき)によって変(へん)じだされた所のもの」となりますが、意味することは、「私たちの心こそが、私たちが生きている世界の内容を決定している」ということです。まさしく私にとって、ブーバーの「我と汝」は現代の唯識でした。

 この二つの内容は、私の物の見方をひっくり返すほどの衝撃のことばでした。なぜなら、私は「世界は一つ」で、「その世界は人間のとる態度とは別に存在している」と思って生きて来たからです。
ブーバーのいうのが正しいのであれば、私が長年生きるのに拠り所としてきたものの考え方は誤りといことになります。次に続くことばは、



 人間の態度は人間が語る根源語の二重性にもとづいて、二つとなる。



 ブーバーは、人間の態度はことばによって決定されることをまず指摘します。その態度を決めるほどの重要なことばを、ブーバーは「根源語」と命名し、その根源語の内容を明確にします。



 根源語とは、単独語ではなく、対応語である。



と、いきなり重要な見解が述べられ、そして根源語である「対応語」には二種類あることを指摘します。



 根源語の一つは、〈われ―なんじ〉の対応語である。他の根源語は、〈われ―それ〉の対応語である。したがって人間の〈われ〉も二つとなる。なぜならば、根源語〈われ―なんじ〉の〈われ〉は、根源語〈われ―それ〉の〈われ〉とは異なったものだからである。



 ここでブーバーは、「人間の〈われ〉も二つとなる。」という驚くべき事を指摘します。〈われ〉といったら一つであって、〈われ〉が二つなどということは、かつて私は考えたこともありませんでした。〈われ―なんじ〉の〈われ〉と、〈われ―それ〉の〈われ〉とは、まったく異なる〈われ〉です。だから〈われ〉は二つあることになります。〈われ〉が二つあるということは、〈われ〉が生きる世界が二つあるということです。ですから「世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。」のです。


(板書) 
ブーバー:  「根源語とは、単独語ではなく、対応語である」
         われーそれ (Ich ― Es)
         われーなんじ(Ich ― Du)
      「人間の〈われ〉も二つとなる」→「〈われ〉が生きる世界が二つある」



 ブーバーは「根源語とは、単独語ではなく、対応語である。」と述べ、いきなり対応語から話を進めています。しかしながら、私たちは日頃、「自分」(〈われ〉)がいると思って生きています。そして同時にまた、「自分以外のもの」(〈それ〉)があると思って生きています。要するに私たちは、(私は私)、(それはそれ)、(あなたはあなた)と、先天的にバラバラに(私)、(それ)、(あなた)などが存在していると考えています。それは私たちが、疑うこともないほど深く思い込んでいる普通の考え方、感じ方ですが、ブーバーが否定した視点です。

 実体化した単独語〈われ〉、〈それ〉、〈なんじ〉などが先にあり、その単独語が関係づけられて〈われ―なんじ〉、〈われ―それ〉ができあがると考えると、〈われ―なんじ〉の〈われ〉と〈われ―それ〉の〈われ〉は同一の実体化した〈われ〉のままです。「根源語とは単独語である」という視点は、世界は私とは関係なく単独にそれ自身として存在しているという物の見方で、それは必然的に「世界は人間のとる態度によらない、世界は一つである。」という間違った結論を導きます。これが私たちの常識的、日常的な実体化したものの見方です。

 ブーバーの「根源語とは、単独語ではなく、対応語である」ということばは、私たちのものの見方は根底的に間違っているという衝撃のことばにほかなりません。


〈われーそれ〉・〈われーなんじ〉と唯識の三性説  

 ところで唯識には、三性説(さんしょうせつ)、「分別性(ふんべつしょう)(遍計所執性(へんげしょしゅうしょう))」「依他性(えたしょう)(依他起性(えたきしょう))」「真実性(しんじつしょう)(円成実性(えんじょうじつしょう))」というものの見方があります。この三性説は示唆に富んでいて、私はこの教えに触れていっぺんに視野が広がったような感動を覚えました。

  「分別性」とは、先天的にものがバラバラに存在しているというものの見方です。つまり単独語としてものを見る見方です。ブーバーは、「単独語は、根源語ではない」としてあえて語らず、いきなり対応語から話を進めています。しかし唯識は、単独語からものを見る人間の迷妄性(めいもうせい)を問題にする所からスタートします。

 (私)、(それ)、(あなた)などが別々に先天的に存在していると見る認識能力を「分別知(ふんべつち)」と言います。「分別知」によって「分別性」は成り立っています。「分別性」は、我執がつくりだした虚妄分別ですが、それが日常的であまりにも当然のごとくになっているため、無意識にそのような発想で物を見、考え、それを常識として生きているのが私たちです。唯識はこの「分別性」の上に築かれる世界は顛倒妄想の世界であることを明らかにします。

 「依他性」とは、一切のものは互いに依存しあっているという見方です。 これはブーバーの言う「対応語」の視点ですが、問題は対応語には〈われーそれ〉と〈われーなんじ〉の二つがあるということです。

 「真実性」とは、一切のものは根源的にはつながり合っていてひとつのものであるという見方で、本来的にはすべてのものは相を離れた無相のものであるというのが真実のすがたであるというので「真実性」といいます。真如、一如ともいいます。これを見抜く智慧が「無分別智」、いわゆる「般若・智慧」です。

 問題は、「分別性」から「依他性」を見るか、「真実性」から「依他性」を見るかです。「分別性から依他性を見る視点」は、〈われーそれ〉の対応語となります。つまり別々の存在がまずあって、それからつながりを見るという私たちの普通の物の見方ですが、人間の虚妄な視点から関係性を見る見方です。

 「真実性から依他性を見る視点」は、〈われーなんじ〉の対応語となります。一切のものは、分離はできないが区別はできます。「分離はできない」とは、本来的にひとつのものだからです。これが真実性です。「区別はできる」とは、互いに関係し合っているということで、これをみることのできる智慧が「般若後得智」です。この「般若後得智」の具体的な表現が対応語〈われーなんじ〉です。


如来の名を呼ぶ存在の誕生  

  「ことば」は、分別する道具にほかなりません。〈われーそれ〉も〈われーなんじ〉もともにことばとしての表現ですから分別です。その違いは、〈われーそれ〉は人間の分別性から依他性をみる分別であるのに対して、〈われーなんじ〉は如来の真実性から依他性をみる分別です。〈われーそれ〉の〈われ〉は、自力の心で生きる〈われ〉です。〈われーなんじ〉の〈われ〉は、他力の心で生きる〈われ〉です。

 分別でしかものを考えることができず、自ら分別した妄念妄想の世界を生きて苦悩している私たちが救済されるには、分別を超えた無分別の涅槃・法性法身の世界を再発見することが不可欠でした。しかし、分別から一歩も出ることのできない私たちは自ら無分別の法性法身の世界に触れることはできません。私たちのために、無分別の一如・法性法身は、自ら方便法身(ほうべんほっしん)という分別になって衆生を救済したいという本願を立てたのです。その本願が成就して建立された国土が浄土であり、分別から一歩も出ることのできない私たちへの呼びかけが〈われーなんじ〉です。その如来のいのちがけの呼びかけに深くうなずいた方が親鸞聖人です。

  『歎異抄』には、



 弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたる本願のかたじけなさよ  (『歎異抄』:真宗聖典 640頁)



と、感動のことばが記されています。また『正像末和讃』では、



 如来の作願をたずぬれば 苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまいて大悲心をば成就せり  (『真宗聖典』 503頁)



と讃えています。

 本来、煩悩具足した私たちは〈われーなんじ〉の世界を喪失して誕生し、〈われーそれ〉と分別したバラバラの世界で一生を終える以外のない存在です。一方、〈われーなんじ〉の世界は、真実の方の働きによって開かれる世界です。だから〈われーなんじ〉の念仏は、如来より賜る本願念仏です。

 〈われーなんじ〉と呼びかけられていることに目覚めたものは、〈われーなんじ〉に呼応する存在となります。全存在をかけて苦悩する私たちに呼びかける如来の名を呼ぶようになります。それが、諸仏称名の願(十七願)のはたらきです。全存在をもってのみ語ることができる根源語〈われーなんじ〉をブーバーは、「永遠のなんじ」と表現していますが、この「永遠のなんじ」の呼びかけ、それが〈南無阿弥陀仏〉です。本願念仏を賜(たまわ)るということは、如来に〈なんじ〉と呼びかけられている身であることに目がさめて、〈われーなんじ〉の世界を生きることです。


『讃仏偈』から見た「仏願の生起・本末」  

 信心とは、「機の深信」と「法の深信」の二種深信でした。「機の深信」については、先に唯識でその意味することを検討しましたので、ここでは「法の深信」を『讃仏偈』にたずねてみます。『讃仏偈』は『嘆仏偈』、『歎仏偈』ともいわれ、『仏説無量寿経』に書かれている四字八十句で構成される偈文です。

 ある国のひとりの国王が世自在王仏と出会い、その説法を聞いて深く喜び、この上ないさとりを求める心をおこし、国を捨て王位を捨て、出家修行者となり法蔵(菩薩)と名のります。法蔵菩薩は世自在王仏との出会いに溢れ出る感動を抑えきれず、師である世自在王仏の気高いお姿を仰いで、その徳を讃え、師に向かって自らの信念と願いを述べます。それが『讃仏偈』です。世自在王仏を讃える《讃嘆》、自らの願いを表明する《発願》、師に証を請う《請証》の三つに大きく分けることができます。偈を述べた後、法蔵菩薩はすべての生きとし生けるものを救うための四十八の願をたてます。

 私たちもまた、本当に心から感動したときには、私もまた先生のようになりたいと思うものです。その思いは願いとなり、言葉となり、行動となります。そのことを住岡夜晃先生は「生命を継ぐ者は、生命を捧げてゆく」と言われました。

 私は生きるのに四苦八苦していたとき、『讃仏偈』の「一切恐懼 爲作大安 」(一切の恐懼に、ために大安を作さん)ということばが目に飛び込んできました。


(板書)
   一切恐懼 爲作大安
            (真宗聖典 十二頁)



 この語は、法蔵菩薩が師・世自在王仏を讃えた後で、自らの願いを表明する《発願》にあります。なぜ仏になりたいのかというと、「一切の恐れおののいて生きているものに 大きな安らぎをとどけたい」ためだというのです。私はこの法蔵菩薩のことばに激しく心をゆさぶられ、その感動を書きとめたことがあります。



    この世は私が生きていける世界ではない
    どうにもならない虚無感をかかえて
    長いことさまよってきた

   「一切恐懼 為作大安」 
    (一切の恐れおののいて生きているものに 大きな安らぎをとどけたい)

    生ききれない 死にきれない
    絶望的な思いの中で出会った法蔵菩薩のことばであった
    「恐れおののいて生きているもの」 
    私がそれであった

    「為作大安」

    この文字が光を放ち
    心の琴線をはじくたびに身が震える

    法蔵菩薩よ
    あなたのとどけたいという「大安」に出会いたい一心で
    尋ね尋ねてきて
    見えてきたのは真理に背を向けている私の姿でした

    本来のありようへ帰れとのあなたの願いを
    南無阿弥陀仏といただける嬉しさ



 しかし、「一切恐懼 為作大安」という願いは、どうしたら実現できるのでしょうか。法蔵菩薩の発願は具体的です。讃仏偈はその方法を明らかにします。


(板書)
   令我作佛 國土第一 



 法蔵菩薩が第一に取り組んだのが、国土をつくることでした。それが「令我作佛 國土第一 」(我仏に作(な)らん、国土をして第一ならしめん)です。「私が仏になるときには、尊い国土を第一に作りたい」というのです。


(板書)
   國如泥洹 而無等雙



 この国土はどういう国土かというと、「國如泥洹 而無等雙」(国泥洹のごとくして、等双なけん)です。泥洹は涅槃と同じニルヴァーナの音写です。ニルヴァーナとはすべての煩悩を滅した究極のさとりの世界、無分別の一如・法性法身です。法蔵菩薩が建立を誓った国土は、泥洹の世界そのもののように並ぶものがないくらい素晴らしい国でした。

 法蔵菩薩がなぜ第一に国土をつくる必要があったのかというと、人間の妄念の産物である自我を根拠にして恐れおののいて生きている者を救うには、それに代わる根拠になりうる国土が必要でした。しかし分別でしかものを理解できない私たちには、無分別の世界(法性法身)は認識不可能です。それで法蔵菩薩は、私たちの分別で理解できる、しかし泥洹の世界(法性法身)そのもののように並ぶものがないくらい優れた国(方便法身)を届ける必要があったのです。それが「わたしが仏になるときは、まず第一に、国土をつくりたい。その国は、泥洹の世界そのもののように並ぶものがないくらい優れた国にしたい」という願いでした。

 讃仏偈の後、法蔵菩薩はすべての生きとし生けるものを救うため具体的に四十八の願をたてます。その四十八の誓願の中の第十二願(光明無量の願)と第十三願(寿命無量の願)によって成就した国土が浄土です。


如来原理: 法性法身から方便法身へ  

 この浄土が実現される過程とそのはたらきをたずねてみましょう。

 皆さんには、カラーコピーした資料を一枚お配りしています。図の中の〈われーそれ〉、〈われーなんじ〉は、マルティン・ブーバーの「我と汝」のところで説明しましたのでそこを参照して下さい。まずその図全体の説明からはじめます。



画像の説明



 右下に大きな字の「法性法身」がありますが、白い背景すべてが法性法身を表わしています。破線で囲まれた青い円の領域が「方便法身」です。

 親鸞聖人は、法性法身と方便法身の関係について、ほぼ同じ内容のことを『唯信鈔文意』と『一念多念文意』に記しています。



 法性すなわち法身なり。法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり。この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽十方無碍光如来となづけたてまつりたまえり。                 (『唯信鈔文意』 真宗聖典:554頁)


 この一如宝海よりかたちをあらわして、法蔵菩薩となのりたまいて、無碍のちかいをおこしたまうをたねとして、阿弥陀仏と、なりたまうがゆえに、報身如来ともうすなり。これを尽十方無碍光仏となづけたてまつれるなり。この如来を、南無不可思議光仏とももうすなり。この如来を方便法身とはもうすなり。方便ともうすは、かたちをあらわし、御なをしめして衆生にしらしめたまうをもうすなり。すなわち、阿弥陀仏なり。この如来は、光明なり。光明は智慧なり。智慧はひかりのかたちなり。」
                     (『一念多念文意』 真宗聖典:543頁)



 資料の図の背景である「法性法身」は、色もなく、形もなく、思いもおよばない、言葉でも言い表せない、つまり私たちの一切の概念、認識、表現をこえた無分別の真如そのものです。(それを承知の上で、ことばで表現する以外に道はありません。このように実体のないものに名称を与え仮に名づけることを仮名(けみょう)といいます。法性法身は仮名です。) 結局、分別でしかものを認識できない私たちは、私たちの存在の根拠である大切な法性法身を認識できないのです。私たちは五感の範囲内でわかるものしかわからないのです。それだけなら法性法身は私たちと無関係です。

 しかし「この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽十方無碍光如来となづけたてまつりたまえり」とあります。一如から方便法身として法蔵比丘(菩薩)が誕生します。一如とは、もののありのままのすがたはあらゆる差別的な相を超えた永遠不変の世界ということで、法性法身のことです。方便法身とは、真如そのものである法性法身が衆生救済のために名を示し形を現わした仏身のことです。分別でしかものを認識できない私たちのために、法蔵菩薩は、涅槃・法性法身と同じはたらきをなす国土を第一につくりたいと願い、その願いが成就して尽十方無碍光如来となったのです。国土・浄土の建立こそが、自らの分別ゆえに恐れおののいて生きている一切のものに、大きな安らぎをとどけることが可能な唯一の道だったのです。無分別の法性法身が自ら方便法身という分別になったのです。つまり〈われ〉も〈なんじ〉も無い世界から、〈われーなんじ〉となり、〈なんじ〉と呼びかけていたのです。

 親鸞聖人は、法性法身と方便法身の関係をあらわすために『浄土論註』を引用しています。



 一つには法性法身、二つには方便法身なり。法性法身に由って方便法身を生ず。方便法身に由って法性法身を出だす。この二つの法身は、異にして分かつべからず。一にして同じかるべからず。
               (『教行信証』証巻 : 真宗聖典 290頁)



 図の法性法身と方便法身は、「法性法身によって方便法身を生じ、方便法身によって法性法身あらわす」という関係を表わしています。《青色の円:方便法身》が実線でなく破線で囲まれていることは、「この二種の法身は、異なってはいるが分けることはできない。一つではあるが同じではない」ことを、『讃仏偈』でいえば、「國如泥� 而無等雙」(国泥洹のごとくして、等双なけん)の「如(ごとくして)」を表現しています。

 しかしなぜ、法性法身は方便法身を生ずるのでしょうか。私の理解を超えていて、ただただ不可思議です。しかし現にはたらきをなし、私たちを無明煩悩の闇から救済しているということは、法性法身は方便法身を生ずるはたらきを原理的に持っているとしか考えられません。それを私は「如来原理」と称しています。普通は物語として、法蔵菩薩が一如宝海から誕生して誓願を起こし、それを成就して阿弥陀如来となったと表現されますが、私は一如宝海である法性法身そのものが誓願を内包していて、それを実現するために法蔵菩薩を誕生せしめ、誓願を成就して阿弥陀仏になったと理解しています。それが「如来原理」です。如来の「智慧と慈悲」のはたらきは、私たちの認識を超えた不可思議の法性法身にその源があったのです。

 図の説明を続けます。

 右上の実線で囲まれた《茶色の円: 穢土・〈われーそれ〉》 は、私たちがこの世へ〈われーそれ〉という分別心をもって生まれたときの世界です。私はそれが「生苦」だと理解しました。分別心で心が引き裂かれますから、〈生まれる苦しみ〉は〈生きる苦しみ〉になり、苦悩の人生がはじまります。

 右上の《茶色の円》と左の《青色の円》は、斜めの線で区切られていますが、完全に区切ってはいません。それは、どちらも法性法身の中に在ることを意味します。

 あるとき私は、子供を亡くしたお母さんから質問を受けました。「私は仏法に遇えたけれど、幼くしてなくなった子供はどう考えればいいのでしょうか。」それはわが子を思う母親の切実な問いかけでした。私は、「仏法を聞く機会のなかった幼子も法性法身の中です。その子は、それを知らないで娑婆の命を終えましたが、仏法に遇ったあなたは、幼子もまた法性法身の中だと受けとめてあげることができます。それがあなたにとっての幼子の救いです。」と話しました。するとその方は、こころなしか涙ぐみ安堵の表情を浮かべました。

 仏法を聞いた人も聞かなかった人も法性法身の中で、本当は誰も皆、「阿弥陀の御いのち」を生かされているのです。ただ本人が仏法を聞く機会に恵まれなければ、自らが法性法身の中にあることを知らないままに一生を終えることになります。現に今、仏法を聞く機会に恵まれた私たちは、この貴重な機会を無駄にしたくないものです。

 図の説明を続けます。

 斜線より左は、仏法を聞く機会に恵まれた人の生きる世界です。破線で囲まれた《青色の円: 浄土・〈われーなんじ〉》 は、方便法身を表わします。この方便法身の中にも 《茶色の円》がありますが、右上の《茶色の円》 との違いは、囲む線が破線で表現されていることと、《青色の円》の浄土の中にあるということです。その二つの 《茶色の円》の違いと、方便法身の中の《茶色の円》の内容をたずねてみます。



 一念・多念のあらそいをなすひとをば、異学別解のひとともうすなり。異学というは、聖道外道におもむきて、余行をし、余仏を念ず、吉日良辰をえらび、占相祭祀をこのむものなり。これは外道なり。これらはひとえに自力をたのむものなり。別解は、念仏をしながら、他力をたのまぬなり。別というは、ひとつなることをふたつにわかちなすことばなり。解は、さとるという、とくということばなり。念仏をしながら自力にさとりなすなり。かるがゆえに、別解というなり。また、助業をこのむもの、これすなわち自力をはげむひとなり。自力というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり。
             (『一念多念文意』: 真宗聖典 541頁)



 「異学」は、聖道門の教えを聞く人と、仏教以外の教えを聞く人(外道)にわかれます。これらの人々は、どちらも自力だけをたのみとする生き方です。仏教以外の教えを聞く人(外道)が右上の実線で囲まれた《茶色の円》を生きる人です。それは私たちが〈われーそれ〉という分別心をもって誕生した世界で、一生涯、仏教の教えを聞くことがなければ、その世界で生涯を終えます。

 斜線より左は、聖道門、浄土門に関係なく仏道を歩む人の世界を表わしています。

 今回、図にはしていませんが、聖道門には斜線より左の《青色の円:方便法身》はありません。聖道門を歩む人は、直接、方便法身なしの《茶色の円》から法性法身を悟ろうとする自力の人です。能力のあるごく限られた人しか歩めない難行道です。

 浄土門の最大の特徴は、破線で囲まれた《青色の円:方便法身・浄土》があることです。万人に開かれた易行道です。しかし、「難信易行」といわれるように、「難信」という課題があります。「別解」というのはそれに関係します。

 『一念多念文意』には「別解とは、念仏をしながら他力をたのみとしない。如来より与えられた念仏をしていながら、それを自力の行として理解している」とあります。それを図で確認します。《青色の円》は、仏法を聞く機会に恵まれ往生浄土を願う世界ですが、その中に破線で囲まれた《茶色の円》があります。別解とは、その破線で囲まれた《茶色の円》の中で、方便法身の〈われーなんじ〉の〈なんじ〉という呼びかけを〈なんじ〉と受け止めることができないで、その〈なんじ〉を〈それ〉と聞いて、〈われーなんじ〉を〈われーそれ〉に転落させ、その〈われ〉を生きることです。別解とは分別して理解することで、このとき「聞」は「信心」になりません。それが自力を生きる第一九願、第二〇願の問題です。

 阿弥陀仏は法蔵菩薩の因位の誓願と修行に報いて仏となった報身仏ですから、その浄土は「報土」です。親鸞聖人は如来の誓願に真と仮とがあるのでこの「報土」について「真仮」をわけ、「真実報土(真仏土)」と「方便化土(化身土)」を立てました。私は、「法蔵菩薩の因位の誓願と修行に報いて」の「報いて」は、如来原理による自然のはたらきをそのように表現しているのだと理解しています。

 別解の人も、報土 《青色の円:〈われーなんじ〉》 の住人であることは間違いないのですが、存在する場所が方便化土(化身土)です。聖典の辺地・懈慢界・疑城胎宮というのは、この化土のことです。親鸞聖人は、



 他力のなかには自力ともうすことはそうろうとききそうらいき。〜 他力のなかには自力ともうすことは、雑行雑修・定心念仏・散心念仏とこころにかけられてそうろうひとびとは、他力の中の自力のひとびとなり。
                 (『御消息集』 : 真宗聖典 580頁)



と述べています。「他力の中に自力ということがある」とは、《青色の円:方便法身》の中の破線で囲まれた《茶色の円》の中に化土があるということで、「報中の化」といわれます。他力の中の自力の人というのは、阿弥陀仏の本願を疑う第一九願・第二〇願の自力の行者で、阿弥陀に関係のないさまざまな行を修めたり、心を集中させてやる念仏や、心が散漫なままでやる念仏を利用して往生を願う人です。化土は衆生の業因がさまざまであるので果相もさまざまで、諸機格別の世界です。

 《青色の円:方便法身》の中の破線で囲まれた《茶色の円》の中には、自らの分別心を離れ阿弥陀仏に南無して生きる第一八願の人がいます。そのことを親鸞聖人のお手紙には、


 
 弥陀の本願を信じそうらいぬるうえには、義なきを義とすとこそ、大師聖人のおおせにてそうらえ。かように義のそうろうらんかぎりは、他力にあらず、自力なりときこえてそうろう。他力ともうすは、仏智不思議にてそうろうなるときに、煩悩具足の凡夫の無上覚のさとりをえてそうろうなることをば、仏と仏とのみ御はからいなり。さらに行者のはからいにあらずそうろう。しかれば、義なきを義とすとそうろうなり。義ともうすことは、自力のひとのはからいをもうすなり。他力には、しかれば、義なきを義とすとそうろうなり。
           (『御消息集』: 真宗聖典 581頁)



 とあります。この手紙のすばらしい現代語訳が『親鸞書簡集』(法蔵館)にありますので、あえて手を加えずそのまま引用します。

 「弥陀の本願を信じたうえは、『自らの分別心を離れることを本義とする』というのが大師法然聖人のお言葉でありました。このお言葉が示すように、我々の分別心がはたらく限りは、他力にお任せしているのではなく、自力をたのみとしているのであると考えられます。また、他力というのは私たちの思議を超えた仏の智慧のはたらきでありますから、煩悩を具えた凡夫がこの上ない覚りを得ることができるのは、まさに仏と仏とのみの御はからいであり、決して行者自身がはからうことではないのです。それゆえ、他力とは我々の分別心を離れることを本義とすると言われるのです。思議分別というのは、自らの力を頼みとする人のはからいを言います。ですから、他力においては、分別心を離れることをその本来の意義とすると言われるのです。」何度読んでも心に響く文章です。

 他力とは、弥陀の本願を信じて私たちの分別心(自力)を離れることを本義とすることです。その分別心を離れた人とは、方便法身の〈われーなんじ〉の〈なんじ〉という呼びかけを「如実(にょじつ)(あるがまま)に聞く」ことができます。そのとき「聞」は「信心」となります。

 『歎異抄』にも、「念仏には無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」、「念仏者は無碍の一道なり」「念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々。」と、同じ内容が繰り返し述べられています。

 親鸞聖人の『正信念仏偈(源信)』に



    極重悪人唯称仏 (極重の悪人は、ただ仏を称すべし。)
    我亦在彼摂取中 (我また、かの摂取の中にあれども)
    煩悩障眼雖不見 (煩悩、眼を障えて見たてまつらずといえども)
    大悲無倦常照我 (大悲倦きことなく、常に我を照らしたまう、といえり。)  
                (『教行信証』行巻 真宗聖典: 207頁)



とあり、私はその偈は第一八願の信心というものをよくあらわしていると考えています。

 右上の実線で囲まれた《茶色の円:穢土・〈われーそれ〉》の〈われ〉は、「煩悩が眼をさえぎって見ることができない」ことを知らず、自らの力で正しくものを見ることができると考えて生きています。つまりそれが自力の心です。しかし眼があっても、光がなければ闇です。光がなければものは見えません。光とは如来のはたらきです。

 《青色の円》の中の破線で囲まれた《茶色の円:穢土・〈われーそれ〉》 の〈われ〉は、「煩悩が眼(まなこ)をさえぎって見ることができない」ことがうなずけている〈われ〉です。それが「機の深信」です。本来なら「煩悩が眼(まなこ)をさえぎって見ることができない」ならば、何も見えません。しかし信心とは、如来のまなざしを賜ることですから、「煩悩が眼をさえぎって見ることができない」(機の深信)という自覚とともに、『我亦在彼摂取中』 (我もまた、かの阿弥陀仏の光明の摂取の中にあり)・『大悲無倦常照我』 (大悲倦きことなく、常に我を照らしていてくださる)」(法の深信)という自覚が同時に成立します。それが「機法一体」の信心です。

 《青色の円》の中の《茶色の円》が破線で囲まれていることは、臨終の一念まで〈われーそれ〉の穢土を出ることは出来ないことを意味します。その自覚が「機の深信」です。しかし、実線でなく破線で囲まれているということは、信心の人は穢土に居ながら浄土の〈われーなんじ〉の呼びかけが聞けるということです。

 親鸞聖人は、



 光明寺の和尚の『般舟讃』には、「信心の人はその心すでに浄土に居(こ)す」と釈し給えり。居すというは、浄土に、信心のひとのこころ、つねにいたりというこころなり。         (『御消息集』 真宗聖典 : 591頁)



と述べています。隙間(破線)を通って、心地よい浄土の風(南無阿弥陀仏)が穢土に吹きわたります。穢土に居て、他力念仏を生きることを「正定聚不退に住す」といいます。往生浄土の願いが隙間を誕生させ、聞法を継続一貫することが隙間を広げることになると考えてはどうでしょうか。それが「聞熏習力」です。

 〈われーなんじ〉を生きるということは、〈われ〉は〈なんじ〉となり、〈なんじ〉は〈われ〉となります。阿弥陀仏は私に至り届き、私のいのちとなります。法蔵菩薩は尽十方無碍光如来・阿弥陀仏となり、現に今、一切の衆生を救済しつつあります。人間が生まれるときに見失った一如の世界を回復する道は、阿弥陀仏の本願を深くうなずいて、それを根拠に生きることです。

 講題「仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし」の話をこれで終わらせていただきます。九〇分の予定が四時間近くになってしまいました。長い時間、お付き合い、ありがとうございました。

註;『真宗聖典』は東本願寺出版部発行を引用しています。


質疑応答  

(司会) 志慶眞先生、長時間にわたりありがとうございました。皆さんも十分満足されたことと思います。先生が埼玉にいらっしゃるのはめったにないことで、もしこの機会にこれだけは聞きたいという人はいらっしゃいますか。

(林) 先生が細川先生と関先生の「往復書簡」をご覧になるまでは細川先生も疑いの対象でしかなかったという、率直なお話に非常に感動をいたしました。しかし今の私の心境は、疑いの段階であろうと思っております。先生がおっしゃったように変に妥協しないで「問い」をもち続けて、今後とも聞法に精を出させていただきたいと思います。そういう心境でありながら何を聞いても意味がないことかも知れないのですけれど、一つ質問というのは〈われーそれ〉の世界からの質問になってしまいますが、先生は〈われーなんじ〉の世界を現に生きておられると思うのですが、やはり〈われーそれ〉の世界というのは無くならないのだろうなと。質問が非常に抽象的になりますから、あえて具体化して言わせていただきますと、一日にたびたび仏様の世界に還らされるのでしょうか。やはり先生も色々な日常生活を送りながら〈われ〉の世界、腹が立つことも悲しいこともおありだと思うのですが、現在としては何回も、あるいはめったにそういうことはないけれども、その余韻というものがあって今までの生活は違ってきたのだということなのでしょうか。そのへん手短でけっこうですのでお訊ねしたいと思いました。

(先生) 煩悩具足の身ですから、腹が立つことも悲しいことも、さまざまな思いがおこります。いつも仏様のことを思っているわけでもないし、お念仏が出てこないときももちろんあります。しかし、私が仏様を忘れても、仏様は私のことを忘れていないという決着がついています。だから安心して煩悩の身を生きていけます。縁に触れて、お念仏はでます。子供を診察しながら、ふと「南無阿弥陀仏」と念仏がでます。親が変な顔をするのではっと我に返ります。
 聞熏習」の話をしました。お念仏の教えが私たちの深いところに降りていくのだろうと思います。聞法が大事です。「聞思修」(聞いて考えて努力すること)が「聞信称」(聞くままが信でありお念仏)になります。煩悩の思いは臨終の一念まで無くなりません。大切なことは、自分の思いは当てにならないと目が覚め、阿弥陀さんを根拠に生きることです。

(司会) 貴重なお話をありがとうございました。

(淡海) どうもありがとうございました。以前、沖縄を訪問したさいもブーバーの話を聞かせていただきました。あれからいろいろ本を読んだりして考えました。それで実は、〈われーそれ〉と〈われーなんじ〉という時の〈われ〉のことです。今日先生が「方便法身」の中にドーナツ状の「穢土」における〈われーそれ〉をお示しくださったのですが、そこにいる〈われ〉と〈われーなんじ〉の〈われ〉とは同一ではないと考えられていますか。つまりそれは、「回心」した形での〈われ〉という意味をとられているのですか。「穢土」における〈われーそれ〉というのは二つのものを分別心で見ている〈われ〉です。現実の私たちが「世法」においてはたらいている世界でございます。そして中における〈われ〉は仏法に遇わせていただいた〈われーそれ〉は回心した〈われ〉という観念でお話をしているのでしょうか。

(先生) 茶色の「穢土」における〈われーそれ〉が、右上と左のブルーの方便法身の中とふたつあります。右上の茶色の〈われーそれ〉は、〈われーそれ〉の〈われ〉を根拠に生きている世界の〈われ〉です。ブルーの方便法身の中の茶色の「穢土」における〈われーそれ〉は無くならないけれども、〈われーなんじ〉と呼びかけられた世界にいることがうなずけているから、妄念妄想の〈われーそれ〉の〈われ〉を離れ、浄土の〈われーなんじ〉の呼びかけに呼応して、〈われーなんじ〉の〈われ〉を生きる身になるということです。それは回心によって成立します。それが一八願を生きるということです。一生涯、穢土から出られません。それが「出離の縁あることなし」です。〈われーなんじ〉の世界から〈なんじ〉と呼ばれている〈われ〉を生きるということです。穢土の隙間から浄土のそよ風を受けて生きるということです。あるがままに「如来の御(おん)一日を、如来の御(おん)いのちを生きさせていただきます。」
 しかし、ブルーの方便法身の中にいながら〈われーなんじ〉の〈なんじ〉を受け取れない人は、〈われーそれ〉の〈それ〉を生きることになります。一九願、二〇願の問題です。

(淡海) 〈われーそれ〉はなくならない、あるがままにということですか。

(先生) 〈われーそれ〉というのは分別心です。分別心を離れるというのは、〈われーそれ〉の〈それ〉を根拠にしないということですが、そのことが成立するのは〈われーなんじ〉の〈なんじ〉の呼びかけが聞こえているからです。そのとき「聞」が「信心」となります。〈われーそれ〉はなくなりません。

(淡海) 〈それ〉がなければ見えない。

(先生) 直接、仏様は見えません。しかし煩悩に眼(まなこ)が妨げられて見えないけれども、仏様の大悲の中に常に居ることがうなずけます。「煩悩に眼(まなこ)が妨げられて見えない」とわかるのが「機の深信」、「仏様の大悲の中に常に居る」とわかるのが「法の深信」です。〈われーなんじ〉の〈なんじ〉という呼びかけにうなずくと、〈われーそれ〉の〈われ〉を離れることができます。〈われーそれ〉の〈われ〉が障りにならないということです。

(淡海) そうしますと、〈われーなんじ〉という言い方をされた時、その〈われ〉は私を言っているのですか。如来がわれと呼びかけているという、さっき先生がお話の仕方をされていましたけれど、通常同じ〈われ〉だとIchという話になるわけですから、そうしますと私自身が「なんじ」という呼びかけ、それが変わった形で「なんじ」が私に呼びかけているというとらえ方をするということですか。

(先生) 〈われーそれ〉は〈われ〉と〈それ〉が別々ですが、〈われーなんじ〉は関係性の世界ですから二つに切れないのです。〈われ〉は〈なんじ〉であり、〈なんじ〉は〈われ〉であります。仏様のほうが私に〈なんじ〉とまず呼びかけるのです。「二河白道」でも「阿弥陀如来」が私を〈なんじ〉と呼ぶ。私が〈なんじ〉と呼ぶに先立ってわたしが〈なんじ〉と呼ばれていた。私からは〈それ〉しかでてこない。仏様の方が私に〈なんじ〉と呼んだ。「不請(ふしょう)の友」とあるでしょう。『大無量寿経』にありますね。招(まね)かないのに向こうの方が私を〈なんじ〉と呼ぶ。「不請の法」もあります。招かないのに法(ダルマ)が私を包む。如来が先に私を〈なんじ〉と呼ぶ。〈なんじ〉と呼ばれて、〈われーそれ〉の〈われ〉しか生きてないことに目が覚めて〈なんじ〉と呼ぶようになる。だから、〈われ〉は〈なんじ〉であり、〈なんじ〉は〈われ〉となります。そういう関係性の〈われ〉を生きるということです。

(淡海) そうしますと曽我量深先生がおっしゃている言葉に関係してくるのですね。「如来は我なり されど我は如来に非ず 如来我となりて我を救いたもう」

(先生) 仏様が私に〈なんじ〉と呼ぶ。思うのですけれど、たとえば子供が「お母さん」と呼ぶのは、お母さんが常に私はお母さんよ、お母さんよと呼びかけるから私から「お母さん」ということばが出るようになる。私たちは、私を愛する者の名前を呼ぶようになる。仏様が私を〈なんじ〉と呼んでくれる。だから私から〈なんじ〉が出てくる。先に呼んでいるのは仏様なのです。私からではない。

(淡海) 「如来」が私に呼びかけているのが最初である。

(先生) 自分の方から〈なんじ〉と呼ぶのは〈それ〉でしかないと思う。ブーバーは私から〈なんじ〉と呼べると書いてあります。細川先生もそういう風に話していました。細川先生はブーバーの言っていることをそのまま素直に言っているから正しいのです。ただ私は浄土真宗からすると、私から先に〈なんじ〉はでてこないと思っています。

(淡海) 「永遠のなんじ」ということばをブーバーは出されますね。

(先生) ただそれも最終的には私がなんじと呼べると書いてある。私は私から〈なんじ〉は出てこないと思っています。

(淡海) あくまでも呼びかけられる身であると。

(先生) そうです。それが「聞(もん)」です。「聞」が「信心」です。百パーセント煩悩であるから〈なんじ〉はでてこない。しかし、私は冷たいけれども火の暖かさを感じることができる。だから仏様の〈なんじ〉という呼びかけに私はうなずける。それが賜るということです。

(淡海) ブーバーの話イコール先生のお話として読むものですから戸惑います。それは違うということが良くわかりました。関係性ということで。

(先生) 私はブーバーを研究しようとか、正しく解説しようとか思ったのではなく、ブーバーに触発されて浄土真宗をどう受け取ろうかということが私の課題でした。本にも書きましたが、ブーバーの元々の考えとは違うと。ブーバーは私から〈なんじ〉と呼べると。でも私が〈なんじ〉と呼んだのが〈それ〉でないとどうして言えるのでしょうか。今のは〈なんじ〉、今のは〈それ〉だというのは、人間の計らいでしかないと思う。そうであるのなら私たちは、ただ呼ばれているということに頷(うなず)くしかないと思う。そこから仏様との関係が生まれる。

(淡海) 私もこちらから「如来」に呼びかけるという形になると、何処までも如来を〈それ〉というふうに見てしまうという問題点があるな、と思っておりましたので今日そこが良くわかりました。

(先生) ただ、調べてみますとブーバーの時代にも、そのことを指摘して論争をした人がいるのです。私から〈なんじ〉は出ないということを主張した人があの時代にもいたのです。しかしその考えは、世の中に広まらなかった。多分、その背景にユダヤ教やキリスト教の教えがあるからだと思います。ユダヤ教やキリスト教は私から「神よ!」と呼びかけて祈りますからね。仏法からすると違う視点が見えるのではないかと思います。

(淡海) どうもありがとうございました。

(司会) どうもたいへん長らくお疲れ様でした。最後に「恩徳讃」を歌って、終わりにしたいと思います。

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