浄土真宗

「真実のいのちの領域への目覚め」

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「真実のいのちの領域への目覚め」

           2015年(H26) ビハーラ研修会 in 京都     志慶真文雄


近況報告  

 皆さん、おはようございます。沖縄から参りました志慶眞です。人々が仏法に触れる機会をたくさんつくりたいと願いながら活動しています。まずは近況報告から。
 《般若(はんにゃ)の会》で二〇一五年八月十二日に仏教の話をする機会がありました。この会は二十年前に沖縄在住の臨済宗の僧侶・崎山宗源老師が始められた会で、喫茶説法と称して月に二回、喫茶店や老人ホームのロビーなどで法話会を開催してきました。NHKのEテレ『こころの時代』に私が出演したのをご覧になった代表の方から、《般若の会》で講演して欲しいと電話がありました。那覇のジュンク堂書店で、仕事が半ドンの日の午後7時半からの講演依頼でしたので引き受けました。
 講題は「仏教に学ぶ、生死を超える道」で講演時間は一時間でした。当日、書店のロビーにホワイトボードと椅子二〜三十脚が準備されましたが、講演が始まると本の立ち読みしていた人たちも集まってきて、結局椅子を五十脚ぐらいまで増やしたようです。不特定多数に語りかけるまさに辻説法で、新鮮というか驚きの体験でした。
 後日談があります。「こういう話はまたいつ聞けるのか」という問い合わせが書店にあり、結局、書店からの依頼で《般若の会》とは別に毎月1回ジュンク堂那覇店で仏教連続講座を開催することになりました。かねてから那覇近郊で仏教講演会を開催したいと願っていましたが、それが実現することになりました。
 二〇一五年八月二十二日には、沖縄県がん患者会連合会が企画した講演会で仏教の話をする機会がありました。講演会は「いのちの授業」という面白い題が掲げてあり、その呼びかけの言葉が《いちばん大切な人と、いちばん大切なこと、学んでみませんか》というものでした。うるま市の健康福祉センター「うるみん」での開催でした。ちょうど大きな台風が沖縄に接近中で激しい暴風雨でしたので、人は集まらないのではないかと危惧しながら会場に向かいました。しかし驚いた事に九十名近くの方々の参加があり、遠くは宮古・八重山からも台風を避けて前日の飛行機で来ていました。がん患者会連合会に所属している人たちの真剣さをひしひしと感じました。
 まず二人のがん患者の体験談がありました。一人は喉頭がんで声帯を失った方の講演でした。五年前にお会いしたときには、喉に外から器具を当てて話をしていましたが、今回は人工喉頭で声を出しての講演でした。声を失うという事がどんなに大変な事かを思わされました。もう一人は、子宮がんで子宮を摘出したお母さんの体験談でした。いい話でしたが、聞いていて厳粛な気持ちになりました。
 体験談の後、もう一人の医者と私が話をしました。その先生は、病気にならないための生活指導の話をされました。私は仏教の視点からの生死(しょうじ)の問題を話しました。仏教の話を聞いたことのない人々がほとんどでしたので、仏教の話をどれだけ理解してもらえるのだろうかと思いながら約四十五分間話をしました。「病気を治す事はもちろん大切です。しかしたとえ病気は治っても、私たちはいずれ死にます。その課題に向き合うのが仏教です。」という話をしました。
 講演会のあと、嬉しいことに係の人がアンケートを採ってくれました。そのアンケートには、「非常に興味があったが難しかった」という四十歳代の女性。「息子を二十六歳で亡くし、不条理だと思っていました、でも、先生の話を聞いてよくわかりました」という方。「生きるということをゆっくりと考えてみたいと思いました」という六十歳代の人。「難しかったが、これから仏教も学んでみたいと思います」という福祉関係の方。「仏教のお話、もっと聞きたくなりました、ありがとうございました。できれば、仏教塾の講演会に参加したいと思います」という方。「自分の与えられたいのちは何であるか、考えてみたいと思います」。「仏教の教え、大変ありがとうございました。初めて仏教の講話を聞きました。とてもよかったです」という方。「生きるということ、ずっと疑問があり意味を探していました。初めてブッダの話を聞きました。これをきっかけに仏教の勉強をしたいと強く思いました」という方。「私はクリスチャンです。がんになって自分の信仰を振り返り、今後どのように生きていけばいいのかということを考えさせられました」と五十歳代の方。このようにいろいろな感想が寄せられました。
 あらためて、仏教に触れる機会を出来るだけたくさんつくることの大切さを気付かされました。


なぜ仏教を聞かないといけないのか  

 仏教の話をする時には、なぜ仏教を聞かないといけないのかを問いかけながら話をすることにしています。今回もかいつまんでお話しします。
 生きるということは生活をすることですが、その生活を私は「生(せい)」と「活(かつ)」に分けて問いかけています。人生には「生」と「活」の二つの大切な課題がありますと。
 「活」は衣食住、財産、地位、名誉、健康など、一言で言えばパンをどのように手に入れるかという課題です。これはこれで大切です。しかしながら、パンを食べてもどの人も一〇〇%死んでいきます。この問題をどうするのか、これが「生」の課題です。
 私たちの一日は、パンをどのように手に入れるのかということにほとんど費やされています。あたかも「活」を充実させれば「生」の課題がこえられるかのごとく生きています。しかしパンをどんなにたくさん手に入れても死ぬわけで、「活」で「生」の課題はこえられない事は明白です。
 淀川(よどがわ)キリスト教病院で長年ホスピス活動をされた柏木哲夫先生が面白いことを言っています。病気になって「死にきれない」と言って一番苦しむのは、病気になるまで順調に地位や名誉や財産など「活」を積み上げるのに成功した人に多いとのことです。一般庶民は思い通りにならないことをたくさん経験して、少しずつ諦める訓練しているので、病気になり最後は死に臨んで諦めて死を受け入れると。
 「生」の課題が仏教の眼目(がんもく)です。この課題は初めて仏教の話を聞く方だけでなく、長年仏教を聞いている方々も見失ってはならない一番大切なポイントでしょう。


親鸞聖人の課題  

 親鸞聖人もまた比叡山で修行しながら苦悩していました。奥さんの「恵信尼公(えしんにこう)」の手紙には、親鸞聖人は「後世(ごせ)を祈らせ給いける(訳:後世のことをお祈りになった)」「後世の助からんずる縁にあいまいらせん(訳:後世の助かるような縁に遇いたい)」と山を下りて、六角堂に参籠(さんろう)されたとあります。まさしく聖人の課題は、「生」の課題だったということがわかります。そして夢告(むこく)にうながされて訪ねたのは法然上人でした。その頃、法然上人は、「後世の事は、善(よ)き人にも悪(あ)しきにも、同じように、生死(しょうじ)出(い)ずべき道(訳:後世のことは、善人にも、悪人にも、同じように生死の迷いを出ることのできる道)」をただ一筋に説いていたというのです。
 親鸞聖人の問いと法然上人の「生死出ずべき道」はミスマッチです。それは親鸞聖人と法然上人の視点の違いからおこります。「生死(しょうじ)一如(いちにょ)」ですから、生と死を分けてみる「生・死」や「前世・現世・後世」は分別です。「後世を祈らせ給いける」「後世の助からんずる縁にあいまいらせん」という親鸞聖人の問いは、「後世」という分別を前提にした問いです。一方、法然上人の「生死出ずべき道」とは、「生死」という分別を超える道でした。それを確かめるため、親鸞聖人は法然上人のもとに「六角堂に百日こもらせ給いて候いけるように、又、百か日、降るにも照にも、いかなる大事にも、参りてありし」と百か日通いつめます。そしてついに道は開けたのです。その回心(えしん)の事実を「しかるに愚禿釈(ぐとくしゃく)の鸞(らん)、建仁(けんにん)辛(かのと)の酉(とり)の暦(れき)、雑行(ぞうぎょう)を棄てて本願に帰す」(『教行信証』化身土)と喜びをもって記しています。親鸞聖人にとって、「生死出ずべき道」とは「雑行を棄てて本願に帰す」ことで、「生死という分別を超える視点をいただく道」でした。そのことが『歎異抄』では、「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり」と表明されています。
 法然上人とのミスマッチを超える歩みが親鸞聖人の求道でしたが、それは万人に言えることです。なぜなら「法への目覚め(法の深信)」は、必ず「自己への目覚め(機の深信)」をともなうからです。法然上人の歩みもまた同様でした。道の見えない苦悩の中、善導著『観無量寿経疏』散善義の「一心専念弥陀名号」の一文によって展開したのでした。


 

釈尊の課題  

 釈尊は釈迦族の王子として生まれ、恵まれた環境の中で成長します。しかし、どんなに豊かでも、自分が死んでいくという「生」の課題を解決できずに苦悩します。その頃の青年ゴータマ・シッダルタの言葉が沢山残されています。
   人の命は何と短いことか。百歳にもならないのに、死なねばならぬ。たといこれ以上ながく生きても結局、老衰のために死んでしまう(『スッタニパータ』)
   
    父王よ、私は今、恩愛の情を離れて、老病死を逃れる道を求めて家を捨てます。
   養母プラジャーパティーよ、私は苦しみのもとを断とうと思います。わが妻ヤシ
   ョーダラよ、人の世には必ず別れの悲しみがある。私は、その悲しみのもとを断
   とうと思ったのだ(『方広大荘厳経』)

 釈尊は二十九歳のとき、妻子や両親を残して城を出て、三十五歳のとき覚(さと)りをひらきました。覚りをひらいたときの言葉が、「ダルマ(法)が顕現(けんげん)した」「不死(ふし)が得られた」でした。「ダルマが顕現した」とは、ダルマが釈尊に至り届いたということ、「不死が得られた」とは、「分別した生死する有限の命」ではなく「分別を超えた無量寿」を生きる身であることが明らかになったということでしょう。釈尊にとっても、「生死出ずべき道」とは「生死という分別を超える視点をいただく道」でした。
 顕現したダルマの表現として「四諦(したい)」、「四法印(しほういん)」、「縁起(えんぎ)の法」、「四苦八苦(しくはっく)」などが伝えられています。本日は、釈尊の説かれたこれらのダルマが、他力の仏道へどこでどのように展開するのかを考えてみましょう。


「苦」の因は分別心にあり   

 四諦とは四つの真理という事で、「苦諦(くたい)・集諦(じったい)・滅諦(めったい)・道諦(どうたい)」を意味します。
 苦諦とは、「この世における生存は苦である」ということでが、仏教における「苦」の本来の意味は「思い通りにならない」ということだと言われています。仏教伝道協会の『仏教聖典』には、苦諦が次のように述べられています。
    この人間世界は苦しみに満ちている。生も苦しみで、老(お)いも病(やまい)も
   死もみな苦しみである。恨みあるものと会わなければならないことも、愛するも
   のと別れなければならないことも、また求めて得られないことも苦しみである。
   まことに執着を離れない人生はすべて苦しみである。これを苦しみの真理〔苦諦〕
   という。(『転法輪経』)

 苦諦の内容が、四苦八苦(生苦(しょうく)・老苦(ろうく)・病苦(びょうく)・死苦(しく)・愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとっく)・五蘊盛苦(ごうんじょうく))として押さえられています。老苦は老いる苦しみ、病苦は病(や)む苦しみ、死苦は死ぬ苦しみです。では生苦とは何でしょうか。先の『仏教聖典』では「生も苦しみ」と曖昧(あいまい)な表現になっていますが、生きる苦しみではなく、生まれる苦しみです。しかしなぜ生まれることは苦しみなのでしょうか。「狭い産道を通って生まれるから」、あるいは「業(ごう)を持って生まれるから」と説明されています。業をもって生まれる事はなぜ苦なのでしょうか?法とは真理ですから、あの人には当てはまるけれども、この人には当てはまらないということはないでしょう。万人に当てはまる生苦とはなんでしょうか。
 生苦の意味を長年考えてきましたが、私は「人間が自我(エゴ)を持って生まれたことによる苦しみ、つまり分別心(ふんべつしん)をもって生まれたことが生苦である」と理解しています。
 集諦とは、「苦の因は、私たちの飽(あ)くなき執着・渇愛にある」ということですが、先の『仏教聖典』には、次のように述べられています。
   この人生の苦しみが、どうして起こるかというと、それは人間の心につきまとう
  煩悩から起こることは疑いない。この煩悩をつきつめていけば、生まれつきそなわ
  っている激しい欲望に根ざしていることがわかる。このような欲望は、生に対する
  激しい執着をもととしていて、見るもの聞くものを欲しがる欲望となる。また、転
  じて死をさえ願うようにもなる。これを苦しみの原因〔集諦〕という。(『転法輪経』)

 「この人生の苦しみが、どうして起こるかというと、生まれつきそなわっている激しい欲望に根ざしていることがわかる。」とあり、「人間が自我(エゴ)を持って生まれたことによる苦しみ、つまり分別心をもって生まれたことが生苦である」という私の生苦理解と共通しています。
 しかし分別心をもって生まれたことが、なぜ苦なのでしょうか。分別心をもって生まれたということは、生まれながらに優劣、損得、善悪、好き嫌いで心が引き裂かれ、葛藤や争いを生みだします。分別心をもって生まれたことが生苦ですが、それはそのまま生きていく苦しみを引き起こすのです。ですから私は、四苦八苦は並列的にあるのではなく、老苦・病苦・死苦・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦は生苦によって引き起こされたその内容だと、四苦八苦を構造的に理解しています。生苦から始まる私たちの一生は分別の連続ですから、人が生涯を終える時には「長い人生、分別で苦労されましたね。ご苦労様でした」という言葉がふさわしいような気がします。
 四苦八苦を考える上で、もうひとつ大切な視点があります。八苦全てに当てはまりますが、ここでは四苦について考えてみます。仏教は生・老・病・死を問題にするというと、私たちは生・老・病・死そのものが問題だと思ってしまいます。しかし生・老・病・死は避けることができない身に起る出来事です。では仏教は何を問題にし、何を解決するのでしょうか。生苦・老苦・病苦・死苦は正確には、《私》の生苦・《私》の老苦・《私》の病苦・《私》の死苦です。仏教が解決するのは、生・老・病・死ではなくて、生・老・病・死という事実を受け取れず苦悩している《私》を解決するのです。たとえば癌になったとします。もちろん治療は大切ですが、治る癌もあれば治らない癌もあります。仏教は《私》を解決することで、癌が治っても治らなくても、今ここを生ききれる人生を開くのです。
 滅諦とは、「執着・渇愛を滅ぼし尽くせば究極の涅槃(ねはん)がある」ということです。涅槃は、ニルヴァーナの音写で泥洹(ないおん)とも書かれ、燃えさかる煩悩の炎を吹き消した状態です。この涅槃については、後ほど詳しく触れたいと思います。
 道諦とは、「涅槃を実現するための正しい道(八正道(はっしょうどう))がある」ということです。
 四諦は、苦の因(集諦)が苦の果(苦諦)を引き起こし、苦を取り除く因(道諦)が苦を取り除いた果(滅諦)をもたらすと、実に理路整然とした因果の組み合わせになっています。


無常・無我から涅槃寂静へ  

 四法印(一切皆苦(いっさいかいく)・諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・涅槃寂静(ねはんじゃくじょう))とは、仏法の四つの旗印(はたじるし)ということです。
 一切皆苦とは、人生のすべては思い通りにならないということですが、それは、四諦(苦諦・集諦・滅諦・道諦)の苦諦に相当します。苦諦の具体的内容が四苦八苦でした。その苦諦の原因を明らかにするのが集諦です。集諦とは、「苦の因は、私たちの飽くなき執着・渇愛にある」という真理ですが、私たちの飽くなき執着・渇愛は、人生において自らに思い通りになる「楽」を求め、変ることのない「常」を求め、実体的な「我」を求め、汚されない「浄」を求めます。それは自分の正体を知らない人間が描き出した顛倒(てんどう)妄想なので、凡夫の四顛倒(してんどう)(常(じょう)・楽(らく)・我(が)・浄(じょう))といわれています。私たちが妄念妄想を妄念妄想とも、顛倒を顛倒とも思わずに生きているこの世間は、我慢して生きていかなくてはならない世界なので娑婆(しゃば)・堪忍土(かんにんど)、私たちの煩悩で汚された世界なので穢土(えど)ともいわれます。それが一切皆苦といわれる私たちの世間です。
 諸行無常とは、私たちの世界に永遠に変らずにあり続けるものはないということです。因(原因)や縁(条件)が変われば、生じる事象も変化するのは当然です。いつも同じ状態であり続けるもの、永遠に変わらずに存在するものはありません。諸法無我とは、すべてのものは因縁によって生じたもので、ほかとの関係から独立した実体的で不変な我は存在しないということです。諸行無常・諸法無我は、変ることのない「常」を求め、実体的な「我」を求めて苦悩している私たちに、「それは間違った認識である、目を覚ませ!」と修正を迫り、涅槃寂静への扉を開く鍵です。


唯識の三性説による縁起の法の考察  

 縁起の法とは、「すべての事象は縁起して成り立っている」という法則です。縁起は因縁生起(いんねんしょうき)の略で、あらゆるものは「因」という直接的な原因と「縁」という間接的な条件が互いに関係しあって生じたり滅したりするということです。この大宇宙のすべてのものは、お互いに因となり縁となり重々無尽に複雑に関わりあいなが縁起しているということは、単独に存在するひとつひとつのものが集まって全体をつくっているのではなく、それぞれの関わりあいが全体なのだということです。銀河や太陽、人間や動物、木や草、土や水、空気などひとつひとつのものは全体があるから存在することができ、逆に個々の存在が全体を支えています。
 縁起の法を、唯識(ゆいしき)の三性説(さんしょうせつ):分別性(ふんべつしょう)(遍計所執性(へんげしょしゅうしょう))・依他性(えたしょう)(依他起性(えたきしょう))・真実性(しんじつしょう)(円成実性(えんじょうじっしょう))で考えてみます。本来的に分離・分断はできない一つのものだということを、真実性(円成実性)といいます。真実性を感得する智慧を般若(はんにゃ)と言います。いわゆる無分別智のことです。分離・分断はできないが、その関係性を見ることはできます。実体はないが現象としてはあると表現してもいいでしょう。ものがお互いに関係し合っているということを依他性(依他起性)といいます。この真実性から依他性をみる智慧が般若(はんにゃ)後得智(ごとくち)です。釈尊の説かれた縁起の法は、全てのものは本来的に分離・分断はできないが、お互いに因となり縁となり複雑に関わりあっているという、真実性から依他性をみる法則です。これが縁起の法を見るときの最も重要な点です。
 例えば、ここに一粒の種子があったとします.種子が芽を出して成長するためには、水、太陽、空気、土などが必要です。直接の原因である種子が因、間接的な条件である水、太陽、空気、土などが縁となり、因縁が和合して種子は芽が出て成長します。
 しかしながらそれを考えるとき、私たちはややもすると、はじめから独立してバラバラに種子、水、太陽、空気、土があって、それらが結び付いて種子が芽を出して成長すると考えてしまいます。このように先天的にものが独立してあるというものの見方を、分別性(遍計所執性)といいます。事物が先天的に個々バラバラにあって、それが結び付いてある現象が起るというものの見方、つまり分別性から依他性を見る発想は私たちの一般的なものの見方で、一見するとあたかも縁起の法のように見えます。しかし、先天的にものが単独にあるという発想そのものが人間の虚妄(こもう)分別ですから、分別性から依他性を見るものの見方は、釈尊の説かれた縁起の法とはまったく別物です。


八正道と三学  

 道諦とは、「涅槃を実現するための正しい道(八正道)がある」ということでした。その八正道とは正見(しょうけん)(正しく見る)、正思(しょうし)(正しく考える)、正語(しょうご)(正しい言葉をつかう)、正業(しょうごう)(正しい行いをする)、正命(しょうみょう)(正しい生活をする)、正精進(しょうしょうじん)(覚りに向かって努力する)、正念(しょうねん)(正しい教えを心にとどめて忘れない)、正定(しょうじょう)(正しく瞑想する)ですが、後に八正道は、「戒(かい)・定(じょう)・慧(え)」の三学(さんがく)として整理されます。正見・正思は「(智)慧」、正語・正業・正命は「戒」、正念・正定は「定」、正精進はすべてにおいて努力することです。
 この戒定慧の三学を修める事が仏道を成就する道であるといわれてきました。戒定慧の何が一番大切かというと慧です。戒と定は、慧を成就するための方法です。しかし戒と定を修して慧を成就することは、多くの人々にとって困難な道でした。本当に慧を成就する道は、戒と定を修する以外にないのでしょうか。そうであるならば、多くの苦悩する人々にとって仏教は縁のない教えとなります。法然上人でさえ、「仏教にはたくさんの法門があるが、所詮(しょせん)、戒と定と慧の三学を出るものではない。それにもかかわらずこの我が身は、戒といわれても一戒を守ることもできない。定といっても、心の定まったことがない。かなしいかな、どうしたらよいのであろう。我らのようなものは、もともと戒定慧の三学の器ではないのである。この三学のほかに、我がこころにふさわしい救われる道があるのか、我が身の堪えることのできる修行があるのか」と、悲嘆にくれた言葉を残しています。


 

縁起の法が開く他力の仏道  

 釈尊亡き後、残された仏弟子達は釈尊の明らかにした仏法の中に、慧を成就する道がないか模索し続けたことでしょう。
 八正道にはすべて「正」がついています。「正」は「正しく」ということですが、「正しく」とはどういうことでしょうか。四法印で説明したように、諸法無我は我というような固定的な実体はないということでした。その我への執着を離れたところに見えてくる世界は、一切は互いに関わりあい支えあって成り立っている縁起の世界です。ですから八正道における「正しく」とは「法によって」ということで、法とは縁起の法にほかなりません。
 戒定慧で一番大事なのは慧でした。慧とは正見・正思のことですから、正見は「縁起の法によって見る」、正思は「縁起の法によって考える」となります。慧(正見・正思)の成就は縁起の法に支えられているということです。
 しかしそれだけにとどまりません、さらに縁起の法は他力の仏道を明らかにします。縁起の法とは、真実性から依他性をみる法則ですが、真実を真実としてみることができるのは如来のみです。ですから真実性から依他性を見る視点は、如来の視点です。戒・定を修して自力によって慧を獲得する仏道から、他力・本願力によって慧を獲得する仏道への視点の大転換がおこります。真実性から依他性を見る縁起の法からすれば、如来のまなざしにおいて開かれる他力の仏道は必然の道です。この道こそが本来の仏道だと私は領解しています。そして如来の視点・まなざしで書かれた経典をとおして、私たちは如来のお心をいただくのです。釈尊が生涯に渡って説いた縁起の法は、実は他力の仏道に他ならなかったのです。


信方便の易行  

 このことを明確にしたのは、釈尊の説かれた縁起の法を〈空(くう)〉としてとらえ直し、般若思想を空観(くうがん)として確立した大乗仏教の大論師・龍樹(りゅうじゅ)菩薩でした。真実性から依他性を見る視点が縁起の法で、その真実性のはたらきが如来のはたらき・他力です。龍樹菩薩は、『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』で他力によって智慧をうる仏道を「信方便(しんほうべん)の易行(いぎょう)」として明らかにしました。縁起の法を深く考察した龍樹菩薩だからこそできた偉業だと思います。「信方便の易行」とは、信心を手だてとして私たちに仏果(ぶっか)(「智慧の念仏」「信心の智慧」「涅槃」)を得しめる仏行ですが、親鸞聖人は正像末和讃でその仏果を次のように讃えています。
    智慧の念仏うることは 
     法蔵願力のなせるなり 
     信心の智慧なかりせば
     いかでか涅槃をさとらまし

 他力による信心の智慧によって私たちの閉ざされた心は開かれ、南無阿弥陀仏をそのまま素直に受け取り、私たちの口から南無阿弥陀仏が発せられます。それが智慧の念仏です。智慧の念仏を受け取った人は、生涯その念仏から無限の尽きない如来の智慧のはたらきを受ける身となります。信心が「証大涅槃の真因」(『教行信証』信巻)と語られるように、信心の智慧によって涅槃への道が開かれるのです。
 唯識思想を確立した天親(てんじん)菩薩もまた、『浄土論』を書いて浄土教を明らかにします。その『浄土論』は、「世尊、我(われ)一心(いっしん)に、尽十方無碍光如来に帰命したてまつりて、安楽国に生(しょう)ぜんと願ず。我(われ)修多羅(しゅたら)、真実功徳相に依って、願偈(がんげ)を説きて総持(そうじ)し、仏教と相応せむ」と、自らの信心の表明から始まります。この一心こそが信心であり、これこそが信方便の易行の成就した姿でしょう。それを親鸞聖人は高僧和讃で讃えています。
    天親論主は一心に 
     無碍光に帰命す 
     本願力に乗ずれば
     報土にいたるとのべたまう


涅槃・真実のいのちの領域  

 真実性から依他性をみる法則が縁起の法ですが、真実を真実としてみることができるのは如来のみですから、如来のまなざしにおいて開かれる他力の仏道は必然の道でした。真実性とは、涅槃・一如を意味しますが、この涅槃は大乗仏教では無為(むい)涅槃です。      
 従来、有為(うい)涅槃と無為涅槃が説かれてきました。有為とは、さまざまな原因や条件(因縁)によって作り出された一切の現象をいいます。そのように諸現象・諸存在を無常・無我と理解する仏教の立場が上座部仏教の世界観(有為涅槃)です。しかし大乗仏教は、因縁を超越した永久不変の絶対的・常住的な境地、不生不滅の世界(無為涅槃)を説きます。上座部仏教の縁起説は現象的世界を説明しますが、大乗仏教の無為涅槃は、常・楽・我・浄の四徳を具えた縁起を超越した仏の覚りの世界です。有為涅槃は自力聖道門を、無為涅槃は他力浄土門が開きます。
 無為涅槃を聖典に尋ねてみます。
 国土(浄土)をつくるはたらきをなす無為涅槃について考えてみます。
『唯信鈔文意』に「涅槃をば、滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という。」とあります。滅度とは生死を滅して彼岸に渡ること、無為とは因縁を超越した不生不滅の真実のことで、涅槃とは一如、滅度、無為、安楽、常楽、実相、法身、法性、真如を意味します。また「法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり。」とあり、法性法身(涅槃)は人間の一切の概念や表現を超えています。便宜上、仮に命名(仮名)しているだけです。
 同様に『教行信証』証巻には、「正定聚に住するがゆえに、必ず滅度に至る。必ず滅度に至るは、すなわちこれ常楽なり。常楽はすなわちこれ畢竟(ひっきょう)寂滅(じゃくめつ)なり。寂滅はすなわちこれ無上涅槃なり。無上涅槃はすなわちこれ無為法身なり。無為法身はすなわちこれ実相なり。実相はすなわちこれ法性なり。法性はすなわちこれ真如なり。真如はすなわちこれ一如なり。」とあり、他力浄土門を開く涅槃とは、無上涅槃・無為法身・一如であることが確かめられます。その無為法身や実相について、次のような説明がなされています。意訳してみます。「真実の智慧とは、実相(衆生の虚妄分別を超えた、存在のありのままのすがた)をさとった智慧である。実相は無相だから、真実の智慧は対象を分別して知るような知ではない、無為法身とは、法性の身である。法性は空であるから、法身は無相である。相が無いから、あらゆる相となる。このようなわけで、如来や浄土の相は、そのまま法身なのである。」
 真実性から依他性をみるときの真実性とは法性法身です。親鸞聖人は、たびたび法性法身(無為涅槃)から方便法身(法蔵菩薩)が顕われることを明記しています。『教行信証』証巻には『浄土論』から「諸仏菩薩に二種の法身あり。一つには法性法身、二つには方便法身なり。法性法身に由って方便法身を生ず。方便法身に由って法性法身を出だす。この二つの法身は、異にして分かつべからず。一にして同じかるべからず。」が引用されています。さらに「この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘(びく)となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽十方無碍光如来となづけたてまつりたまえり。」(『唯信鈔文意』)、「真如はすなわちこれ一如なり。しかれば弥陀如来は如より来生して、報・応・化種種の身を示し現わしたまうなり。」(『教行信証』証巻)とあります。法蔵菩薩誕生の由来と阿弥陀如来のはたらきが明らかにされます。


『讃仏偈』に見る「涅槃と仏国土」  

 法性法身(無為涅槃)は無相なるゆえに、有相の方便法身(仏国土・阿弥陀仏)となります。有相だから、分別でしかものを見れない私たちにはたらきをなします。このことを『讃仏偈(さんぶつげ)(嘆(たん)仏偈)』で確かめてみましょう。
 『讃仏偈』とは、法蔵菩薩が世(せ)自在王仏(じざいおうぶつ)を讃えて歌った四言八〇句よりなる『大無量寿経』上巻にある偈頌(げじゅ)をいいます。「光顔魏魏(こうげんぎぎ) 威神無極(いじんむごく)」(意訳:世尊のお顔は気高く輝き、その神々しいお姿は何よりも尊い)に始まり、「我行精進(がぎょうしょうじん) 忍終不悔(にんじゅふけ)」(意訳:さとりを求めて耐え忍び、修行に励んで決して悔いることはない)に終わりますが、内容から「讃嘆(さんだん)」「発願(ほつがん)」「請証(せいしょう)」に区分できます。
 「光顔巍巍 威神無極」から「光明威相(こうみょういそう) 震動大千(しんどうだいせん)」(意訳:輝く光の力は、世界中を震わせる)までが法蔵菩薩が世自在王仏の顔が光明にあふれ、仏徳が無量であることを讃える讃嘆です。「願我作仏(がんさぶっしん) 斉聖法王(さいしょうほうおう)」(意訳:願わくはわたしも仏となり、世自在王仏のようになりたい)から「已到我国(いとうがこく) 快楽安隠(けらくあんのん)」(意訳:わたしの国に生まれたなら、みな快く安らかにさせよう)までが法蔵菩薩が私もまた仏になりたいという誓いを述べ、その誓いによって建立(こんりゅう)されるべき国土が清浄安穏であることを願う発願です。「幸仏信明(こうぶつしんみょう) 是我真証(ぜがしんしょう)」(意訳:願わくは師の仏よ、この志を認めたまえ。それこそわたしにとってまことの証(あかし)である)から「我行精進 忍終不悔」までが請証で、この誓いに対する十方諸仏の証と守りを請い、法蔵菩薩の精進の決意をもって終わります。
 讃嘆は、法蔵菩薩が世自在王仏の比類なき徳を誉め讃えるところですが、私たちも心の底から感動したときには、私もまたそのようになりたいという願いを起します。ですから世自在王仏に遇って感動した法蔵菩薩が願いを起すのは必然です。その発願の第一声が、「願我作佛 斉聖法王」(意訳:願わくはわたしも仏となり、世自在王仏のようになりたい)「過度生死(かどしょうじ) 靡不解脱(みふげだつ)」(意訳:迷いを超えて、覚りの世界に至りたい)でした。これが願作仏心(がんさぶっしん)(自利)です。
 では何のために法蔵菩薩は仏になりたいのでしょうか。その願いの表明が「一切恐懼(いっさいくく) 為作大安(いさだいあん)」(意訳:一切の恐れおののいて生きているものに、大きな安らぎを届けたい)です。これが度衆生心(どしゅじょうしん)(利他)です。生死に行き詰まっていた私は、ある時、「一切恐懼 為作大安」という法蔵菩薩の願いに胸を突かれ、はじめて法蔵菩薩の話が単なる物語とはとても思えなくなりました。人は恐れから解放されない限り「今、ここ」を生きることはできません。恐れおののいて生きている人に、いったい法蔵菩薩はどのようにして大きな安らぎの世界を届けるのでしょうか。
 『讃仏偈』の発願は続きます。「令我作仏(りょうがさぶつ) 国土第一(こくどだいいち)」(意訳:わたしが仏になるときは、まず国土を第一につくりたい)。「国如泥洹(こくにょないおん) 而無等双(にむとうそう)」(意訳:その国は泥洹〔涅槃〕の世界そのもののように、双ぶもののないようなすぐれた国としよう)。「我当哀愍(がとうあいみん) 度脱一切(どだついっさい)」(意訳:わたしは哀れみのこころをもって、恐怖におののいて生きているすべての人々を救いたい)。
 法蔵菩薩のこれらの願いの意味を尋ねてみます。先の集諦の説明で述べたように、私たちの苦悩の原因は、飽くなき執着・渇愛にあります。私たちは分別心を持ってこの世に誕生するとき、母なる一如・無分別の世界を見失い、その世界に背を向けて生きて行きます。分別心は貪欲、瞋恚、愚痴という煩悩となり、私たちのこころを引き裂き、葛藤や争いを生みだします。分別心は生と死を分けます。そこに生ききれない死にきれない私たちの苦悩が誕生します。分別の連続で心がズタズタに引き裂かれ、その苦しみを背負い耐え忍んで生きて行かなくてはなりません。それが私たちの娑婆における姿です。
 龍樹菩薩はこのことを『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』のなかで明快に述べています。
   「世間道」をすなはちこれ「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息(ぐそく)」と名づく。
  凡夫道というは究竟(くっきょう)して涅槃にいたることあたわず。常に生死に往来す。これを「凡
  夫道」と名づく。

 私たちが埋没している世間道・凡夫道は、涅槃にいたることはなく、どこまで行っても分別した生死(迷いの世界)を往ったり来たりするだけであります。ですから法蔵菩薩は、一如・無分別の世界を見失い、自我・分別心を根拠に生きて苦悩している私たちに、分別を超える道を成就する必要があったのです。それが「令我作仏 国土第一」(意訳:わたしが仏になるときは、まず国土を第一につくりたい)、そしてその国は「国如泥洹 而無等双」(意訳:その国は泥洹〔涅槃〕の世界そのもののように、双ぶもののないようなすぐれた国としよう)でした。つまり法蔵菩薩が第一に作りたいのは、分別を超えた泥洹〔涅槃〕のようなはたらきをなす国土でした。『大無量寿経』上巻にも、「かの仏国土は清浄安穏(あんのん)にして微妙(みみょう)快楽(けらく)なり。無為泥洹の道に次(ちか)し」とあります。この無為涅槃と同じはたらきをなす仏国土が、「我当哀愍 度脱一切」(意訳:わたしは哀れみのこころをもって、恐怖におののいて生きているすべての人々を救いたい)という法蔵菩薩の願いを成就する国土でした。無為涅槃は仏国土を誕生せしめるはたらきを為すのです。
 この無為涅槃を私は「真実のいのちの領域」と呼んでいますが、ここに分別を超える他力の仏道の根拠があることを縁起の法は明らかにします。

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