浄土真宗

「なるほど!! 仏教連続講座」の試み

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「なるほど!! 仏教連続講座」の試み  

 病院の二階で『 なるほど!! 仏 教 連 続 講 座 』(ブッダに学ぶ『生死を超える道』)と銘打って、二〇〇六年の九月から仏教講演会を毎月開催するようになった。

     なるほど!! 仏教連続講座

 開催を決断するに動機が二つあった。
 十歳の時に抱いた「いずれ死んでしまう」という悲しみが、人生放浪の原点であった。仏道に出会うまで、長いこと生死の問題の手がかりがつかめずに絶望の縁を這い回ってきた。もし身近に生死の問題を考える場があったら、あれほど苦しまなくてよかったのにと思う。だから生死の問題で苦悩したり行き詰まったりしている人々とともに、生死の問題を考え語り合える場を開きたいと思った。結局自分にとって生死の問題が第一の課題であったし、生死の問題を抜きにした仏道は考えられなかった。これが動機の一つである。
 この講座は、『どう生きたらいいのかわからない、死ぬのが怖い』と、生死の問題で悩まれている方々に開かれた場です。仏教の教えに耳を傾けてみたい方なら、宗派も年齢も男女も問いません。仏教は本来、人間の思い込みや偏見を照らす智慧の教え、『なるほど!! 』とうなづかれる大きな広い真実の世界を届ける教えです。身近な友人知人をさそって気軽においで下さいと、呼びかけている。

 二つめは、初期仏教と言われる釈尊の教えから浄土真宗の本願念仏の教えまでを、時代背景と教えとその時代を生きた人々を通して再確認してみたいと思った。浄土真宗の教えに出会う前に、道元禅師や鈴木大拙など禅宗関係の本を読んでいた。中でも『臨済録』は持ち歩くほどの愛読書であった。高校時代は原始仏典を通して生きた釈尊の鼓動を感じ、釈尊に近しい感情を抱いてきた。今でも釈尊は特別な存在である。その釈尊から南伝仏教、北伝仏教、そして大乗仏教の禅宗などをふくめて浄土真宗に至る仏教の流れをたどってみたいと思った。やり始めてみるとすぐに、初期仏教から念仏の教えまでをたどるこの課題は、私のような非才のものには難題であることがわかった。

 釈尊の教えをそれぞれの時代にそれぞれの地域の人々がどのように受容していったか、そして現に今、アジアの各国やアメリカ、フランスなどの世界の各地で仏教はどのように受け取られているのかを学ぶ中で、世界中の多くの人々の生きて行く支えとなる大きなうねりの中にあることに気づかされた。それに比べて今の日本の浄土真宗は、大乗仏教の精神が枯渇しているとしか思えない。仏教の教義教理や祖師達の言説が大切であるかは言うまでもない。しかし、よく語られるその教義教理が現代において、なぜ多くの人々の衷心の願いに応えるものになっていないのだろうか。浄土真宗の教えは大乗仏教の至極である事は間違いない。しかし至極だ至極だと自分の立場を持ち上げているあいだに、生き生きした本来の大乗の精神が見失われ人々に働きかける力を失っているとしか思えない。その置かれている現状と危機に気づくことなしに、現代において多くの人々に本来の仏教のいのちを伝えることは難しいのではないかと思う。きっと多くの方々がその壁を破る試みをしているに違いない。

 私はこの仏教の教えにあうことによって、どうしていいかわからなかった生死の問題に向き合う視点をいただいた。このことを思うだけで手を合わせたい心境になる。この教えは、いつの時代にも、どの人にも届く教えであると心の底から思っている。これほどの教えがなぜ現代において、大きな真実の世界に人々を導くものにならないのだろうか。そのことを思うといつも無念な思いにかられる。
 今一度、自分の目で見、耳で聞き、体で感じた生の事実を通して仏教に向き合ってみたいと思う。

  仏道は求めるだけでなく、日々歩む道でなければならない。
  縁起は机上で語るだけでなく、自ら生きるものでなければならない。
  僧伽は内輪でなく、万人に向かって開き続けるものでなければならない。

 私もまたひとつの試みを始める決意をした。
 講演会は毎月、第二土曜日の午後三時から午後五時まで開催している。有縁の方々に声をかけ、いくつかの場所に案内のはがきを置かせて頂いた。何名くらいの方々が来られるか予想もつかなかった。ひとり来ようがふたり来ようが開催し続けていくつもりではあった。思いもよらず毎回三十名前後の方々が足を運んで下さる。貴重な土曜日の午後にわざわざ来られるということは、それなりの動機があることを毎回強く感じる。
 
 思いもよらない嬉しいことがいくつかあった。一つは、病院の職員が自主的に毎回お茶やお菓子の準備と会場の設営をしてくれること。一番身近な存在である職員が、自らの意思で聞きに来る日をここ十数年づっと待ち続けている。また初めて会ったにもかかわらず、何名もの方々と旧友に再会したかのような交流が波紋のように広がった。さらに沖縄に来るきっかけができたと、県外各地から講演会に合わせて訪ねてこられる方々がおられ、もったいなくも嬉しい限りである。ささやかな試みの報告である。
                           (志慶眞文雄:2007年8月)

関連項目  

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